営業秘密「8000件」転職先への持ち出し計画バレて“退職金ゼロ” … 納得できない従業員の訴えに裁判所の判断は?

こんにちは。弁護士の林 孝匡です。

今回お届けするのは、ライバル会社に転職すべく営業秘密を持ち出した事件です。

ーー なぜ営業秘密を持ち出したんですか?

Xさん
「次の仕事で生かしたかったんです」

会社がブチギレて懲戒解雇。さらに退職金もゼロにしました。そこでXさんが退職金などを求めて提訴。

裁判所
「懲戒解雇OKだし、退職金ゼロもOK」(スカイコート事件:東京地裁 R5.5.24)

退職金ってなかなかゼロにはならないんですが、今回の行為は悪質だと判断されました。以下、漏洩事件を分かりやすく解説します。

※ 争いを簡略化した上で本質を損なわないよう一部フランクな会話に変換しています

登場人物

▼ 会社
不動産売買などを行う会社

▼ Xさん
経理部長代理

事件の概要

営業秘密の漏洩行為は以下のとおりです。

▼ 元取締役にデータ送信
・Xさんは会社の元取締役に【売り上げ速報】を送信。その元取締役は会社を辞めて税理士事務所を開業していました。Xさんは会社の重大な機密を漏洩してしまいました。 ・他社の不動産取引に関する情報などもメール送信

▼ 退職を決意
Xさんは退職を決意し、以下のデータをUSBメモリにコピーして持ち出しました。経理フォルダにあった約8000件のファイルです。
・事業計画書
・仕入れ稟議(りんぎ)書
・分譲事業売り上げデータ(顧客データ)
・支払い調書
・資金繰り表…etc

ーー なぜ持ち出したんですか?

Xさん
「次の仕事で生かしたかったんです」

▼ 退職の意思表示
その日、Xさんは「退職したい」と会社に伝えました。ライバル会社に転職するためでしたが、そこは伏せて。

▼ ウソをついて副社長を振り回す
その3日後、副社長がXさんを問い詰めます。「会社のデータを持ち出していませんか?」と尋ねたところXさんは素直に認めました。しかし! そこからウソをついて副社長を振り回します。

副社長
「USBメモリはどこですか?」

Xさん
「新宿駅のごみ箱に捨てました」

新宿駅に行きごみ箱の中を探しましたがUSBメモリは見つからず。

副社長
「本当のことを言った方がいいですよ」

Xさん
「ウソをついていました。USBメモリは財布の中にあります」

▼ 懲戒解雇
というわけで会社はブチギレてXさんを懲戒解雇にしました。Xさんに退職金も支払いませんでした。

▼ 提訴
そこでXさんが退職金などを求めて提訴。

ジャッジ


弁護士JP編集部

裁判所
「退職金ゼロでもOK!」

裁判所は営業秘密の漏洩は悪質だと判断しました。

▼ 元取締役にデータ送信

裁判所
「売り上げ速報には仕入れ原価が記載されており、これが外部に開示されると、仕入れ原価をもとに価格交渉をされるなどの問題が生じるから【重大な機密】にあたる」

裁判所
「他社の公表されていない取引に関する情報を漏洩しており、これにより会社の業務に支障が生じる」

▼ 8000件ものデータの持ち出し
Xさんはいろいろな弁解をしましたが撃沈しています。3段落ちをどうぞ。

〜 その1 〜
Xさん
「転職先の会社は営業手法が全く異なるので、私が持ち出したデータは役に立たないんです」

裁判所
「いや。Xさんは持ち出したデータを何らかの形で転職先において利用する目的があったはずであり、自分または転職先の利益を図ったと評価するのが相当です」

〜 その2 〜
Xさん
「データを複製したのは財務業務の書式を参考するためだったんです」

裁判所
「書式を参考にするなら、本やインターネットで検索すれば足りるでしょ」

〜 その3 〜
Xさん
「8000件もの大量のデータを複製してしまったのは、精査する時間がなかったからなんです」

裁判所
「Xさんが必要とした情報(財務業務の書式)の数と比べると、あまりにもコピーした情報が多すぎます。あなたの言い分は採用しません」

というわけでオール撃沈です。

▼ ウソをついて副社長を振り回す

裁判所
「Xさんがウソをついたことにより、副社長にごみ箱の探索行為をさせるなどの結果を生じさせたものであって、懲戒事由について嫌疑がかけられている中で、意図的にウソの説明を行い、会社の懲戒事由に関する調査を混乱させたというべきであるから懲戒事由にあたる」

▼ 懲戒解雇OK

裁判所
「特にXさんが持ち出したデータは、会社の事業の全般に関連するあらゆる情報であり、事業の中核である不動産事業に関するデータが多く含まれており、外部に流出した場合には会社の事業に重大な支障が生じるものであった。そうすると、Xさんの行為の態様は悪質である上に生じる結果も重大である」

裁判所
「さらに! Xさんは事態が発覚してからもウソの説明を行っています。そして証拠を隠滅するためにメールを一部削除しており、Xさんの対応は誠実なものとはいえません」

というわけで懲戒解雇はOKとなりました。

▼ 退職金ゼロ
裁判所
「Xさんの行為は、これまでの功労報償を完全に減殺する悪質な行為なので、退職金を請求することはできません」

■ マメ知識
退職金ゼロになるのは結構レアケースです。退職金をゼロまたはカットにできるのは、ほんとにヒドイ場合(労働者の勤続の功を抹消ないし減殺してしまうほどの著しく正義に反する行為があった場合)だけで、懲戒解雇OKでも裁判所が「退職金ゼロはダメ。●割は払いなさい」というケースが多くあります。

なぜなら、退職金というのは【給料の後払い】という側面があるからです。裁判所は、「会社は、将来のホクホク退職金というニンジンをぶら下げて、あなたの現在の給料を抑えていますよね。その後払いの給料をゼロまたはカットにするんだから『それなりのヒドイ事情が必要だ』」と判断しています。

Xさんによる営業秘密漏洩は「ほんとヒドイので退職金ゼロでもやむを得ん」と判断されました。

今回は以上です。これからも労働関係の知恵をお届けします。またお会いしましょう!