近江八幡警察署が、いなり寿司を万引したという窃盗容疑で74歳女性を誤認逮捕し、82時間にわたり身柄拘束したことが発覚した。女性は精神的苦痛を受けたとのことである。この件について、女性は金銭的な補償・賠償を請求することはできるか。請求が認められるとしてどのくらいの金額を請求できるのか。
「被疑者補償規程」で最大5万円の補償
まず、本件女性が無条件で金銭的補償を受けられる手段はあるのか。荒川香遥弁護士(弁護士法人ダーウィン法律事務所代表)に聞いた。
「無実の罪で身柄拘束された人に対する補償については、法務省の『被疑者補償規程』で定められています。
本件の女性も、この『被疑者補償規程』に基づいて1日あたり1000円~1万2500円のお金を受け取ることができます。4日ならば最高で5万円です。
ちなみに、刑事裁判にかけられてから無罪になった場合は『刑事補償制度』の対象です。金額は被疑者補償規程と同じです。」(荒川香遥弁護士)
被疑者補償規程で定められた補償金額には幅があるが、本件の場合はいくら受け取れるのだろうか。荒川弁護士は、報道を前提とする限り、満額の5万円(1日あたり1万2500円)が支払われる可能性が高いと指摘する。
「4日間にわたり身柄拘束が続いたこと、女性が精神的な苦痛を訴えていることに加え、そもそも逮捕の手続きが違法なものであった可能性があります。
女性は『現行犯』として逮捕されたとのことですが、現場を押さえられたわけではないので『準現行犯』だったと考えられます。
本来、逮捕は身体の自由を奪うという重大な人権侵害なので、令状なくして認められません。現行犯と準現行犯はその例外です。現に犯罪を行っている、あるいは行ったことが明らかだからということで、令状なくして逮捕できるというものです。
準現行犯の場合、大前提として、『罪を行い終ってから間がないと明らかに認められる』ことが要求されています(刑事訴訟法212条2項)。これは現行犯に準じるほどの状況でなければならず、単にバッグにいなり寿司を所持していただけでは足りません。
仮に認められたとしても、せいぜい『緊急逮捕』でしょう。だとしても、事後に令状をとる必要があります。つまり、逮捕の手続きを誤った違法逮捕である可能性が高いのです。」(荒川香遥弁護士)
荒川香遥弁護士(弁護士法人ダーウィン法律事務所提供)
精神的苦痛については国家賠償請求(慰謝料請求)も
女性は無実の罪で4日にわたって拘束され、しかも否認しても取り合ってもらえなかった。それにより蒙った精神的苦痛は、5万円では到底まかないきれるものではあるまい。
また、そもそも被疑者補償規程により受け取れるお金はあくまでも「補償」にすぎない。
そこで、国家賠償法に基づき国に対して慰謝料相当額の損害賠償請求をすることはできないか。
国家賠償法1条1項は「公権力の行使にあたる公務員が、その職務を行うについて、故意または過失によって違法に他人に損害を加えたとき」は、国に対して損害賠償請求ができると定めている。
ただし、よく言われるのは、「国家賠償請求をすることは現実には難しい」ということである。そもそも国を被告として訴訟を提起すること自体が大変な心理的な負担を伴う。また、損害賠償請求をする場合、原告が主張立証責任を負うことになっている。
しかし、荒川弁護士は、今回のケースに関しては、「訴訟にかかる時間」と「精神的損害の評価額の算定」がネックとなるとしつつも、国家賠償訴訟を提起することは、十分にとりうる手段だという。
「国家賠償法1条1項の請求をしようとするとき、最初の関門となるのが、違法な行為を行った公務員の特定です。公害訴訟等だとかなり困難なケースがあります。しかし、本件では、担当の警察官が誰なのかはっきりしています。
また、警察官には少なくとも『過失』が認められるとみられ、かつ、誤認逮捕という『違法』な行為が行われていることも明らかです。
警察側が証拠の開示に応じなかったり隠ぺいしたりするということも考えにくいです。
そうだとすれば、結局、ネックとなるのは、訴訟に時間がかかることと、精神的な損害をいくらと評価してもらえるかということです。
精神的損害については、具体的には、捜査の違法の程度にもよりますが、30万円~100万円程度の賠償額が認められる可能性があります。」(荒川香遥弁護士)
弁護士費用についてはどうか。特に気になるのは最初に弁護士に支払う着手金だが…。
「弁護士費用はかかりますが、本件の場合、事情が事情なので、着手金なし、あるいは少額で受任してくれるところもあると思います。また、法テラスに依頼する方法もあります。」(荒川香遥弁護士)
日本の刑事司法制度が抱える「人質司法」の問題
しかし、精神的苦痛に見合った金銭的な手当てを十分に受けるのに、国家賠償請求を提起しなければならないというのは、そもそも制度としておかしいのではないか。
荒川弁護士は背景に「人質司法」の問題があると指摘する。
「日本の刑事司法制度は、身柄拘束が過度に重視されています。本件の場合、無実かどうか以前に、そもそも300円のいなり寿司を窃取した容疑で4日間も勾留すること自体がおかしいのです。
女性が一貫して否認し続けたことが不利にはたらいてしまったということのようですが、裏返せば、自白すればすぐに自由の身になれた可能性が高いということです。
もし気の弱い人だったら、たとえやってなくても、自白してしまう可能性があります。冤罪を生むリスクがあります。
本件では、この人質司法の凶暴性・暴力性が改めて浮き彫りになりました。人質司法は克服されていかなければなりません」(荒川香遥弁護士)
無実の罪で拘束されたらどう対処すべきか?
無実の罪で逮捕された場合、どのように対処すればよいか。荒川弁護士は「当番弁護士」の制度を利用すべきだという。
「当番弁護士の制度は、逮捕された人が1回、無料で弁護⼠を呼んで相談できるというものです。警察官に一言、『当番弁護⼠を呼んでください』と言うだけでいいです。
繰り返しますが、費用は無料です。自分がおかれた状況をきちんと伝えれば、その後のことについて的確なアドバイスをしてもらえるし、心理的な負担も軽くなるはずです。
身に覚えのない罪を自白してしまうことだけは絶対にしてはなりません」(荒川香遥弁護士)
無実の罪で逮捕勾留されることは決して他人事ではない。「明日は我が身」ということもある。現在の日本の刑事司法制度が深刻な問題を抱えていることを理解するとともに、自分がいざその立場に陥ってしまった場合の対処法について知っておくことは、きわめて大切なことといえる。