こんにちは。弁護士の林 孝匡です。
今回お届けするのは、会社が有休を取らせてくれず、娘の結婚式に参加できなかった男性の事件です。
Xさん
「ハワイでの結婚式に参加したいと言ったのですが、コロナ感染の危険を理由に有休を取らせてくれず、結婚式に参加できませんでした…」
Xさんは、定年退職後、会社に対して慰謝料300万円を請求しました。
ーー 裁判所さん、いかがですか?
裁判所
「会社の措置はOK」
Xさんの敗訴です。コロナという非常事態とはいえ、Xさんにとって酷な結果となりました。以下、詳しく解説します。(札幌地裁 R5.12.22)
※ 争いを簡略化した上で本質を損なわないよう一部フランクな会話に変換しています
当事者
▼ 会社
ホテルを運営する会社
▼ Xさん
部長(宿泊部)
事件の概要
▼ 総支配人が渡航OKを出す
コロナ感染が爆発していなかった令和元年10月ころ、Xさんは、総支配人に対して、ハワイでの娘の結婚式のことを伝えました。翌年の3月21日に挙式が行われると伝えたところ、総支配人はOKを出しました。
▼ 有給休暇の申請
挙式の約1か月前の、令和2年2月25日、Xさんは有給休暇を申請しました。3月21日に結婚式があるので3月18日〜25日までの休暇を申請しました。すると社長は「話は聞いているので行ってこい」とOKを出してくれました。
しかし! 日増しにコロナ感染が拡大し状況が一変してしまったのです。
▼ 休暇の前日
令和2年3月17日、会社は突如、有休を取らせないとXさんに通告しました。時季変更権の行使というものです。以下、判決文から会話を抜粋します。
社長
「ハワイに行くのが来月だと勘違いしていた。(3月21日に)本当に結婚式をやるのか。向こうの両親も本当に行くのか」
Xさん
「親族全員で渡航します。準備もできていますので明日からお休みを取らせていただきます」
社長
「父ちゃんが結婚式でいなかったらどうなる?」
Xさん
「それは困ります。結婚式以外はホテルでおとなしくしているので何とか行かせてください」
社長
「少し時間がほしい」
その後、社長は、ほかの上層部と協議し「レピュテーションリスク(編注:企業に関するネガティブな評判や悪評が世間に広まることで、企業の社会的な信用が低下すること)が非常に大きい」と判断し、全員一致で「ハワイへの渡航を認めない」決断をしました。
社長
「今回のハワイへの渡航は認めるわけにはいかない」
Xさん
「娘の結婚式でもダメなんですか」
社長
「申し訳ないけど、あきらめてほしい」
Xさん
「結婚式は親族だけですし、滞在するホテルもワイキキから離れたところです。静かなところでおとなしくしているので、何とか行かせてもらえませんか」
常務
「宿泊部の部長を海外に行かせて、もし感染でもしたら問題となる。会社としては最悪の場合を考えなければならない」
Xさん
「これはお願いなのですか? それとも命令ですか?」
社長
「これは会社の命令で、社長命令だ」
Xさんはハワイに行けませんでした。
▼ ハワイで挙式が行われる
参加できないのはXさんだけでした…。親族9名は予定どおり参加しました。
▼ ほかの会社では?
Xさんの妻と新郎の母は会社から渡航OKをもらっていたのです。帰国後10〜14日程度は自宅待機することを条件に。
▼ 定年退職
その約2年後、Xさんは定年退職します。そして、300万円の慰謝料を求めて提訴しました。
ジャッジ
弁護士JP編集部
Xさんの敗訴です。
裁判所
「今回の会社の対応はOK」
「時季変更権の行使に問題なし」
「事業の正常な運営を妨げるからです」
以下の条文です。
■ 労働基準法 39条5項
使用者は、前各項の規定による有給休暇を労働者の請求する時季に与えなければならない。ただし、請求された時季に有給休暇を与えることが事業の正常な運営を妨げる場合においては、他の時季にこれを与えることができる。
有休って基本的に自由に取得できるのですが、制限があるんです。事業の正常な運営を妨げる場合には、会社は時季の変更を命令できます。
裁判所が「事業の正常な運営を妨げる」と判断した理由は以下のとおりです。
・新型コロナウイルスが世界的に急拡大していた
・人生における重要なイベントでも自粛すべきだという状況にあった
・ホテルの従業員がコロナ感染した場合は、ホテルの責務として感染の事実、従業員の属性、海外旅行歴等を公表しなければならなかった
・3月11日にはWHOがパンデミックを表明した(その後の3月17日に時季変更権の行使)
・3月17日、ハワイ州知事が「ハワイへの渡航を控えること」「10名以上のイベントを自粛すること」を要請した
・このような状況下でハワイに渡航すればコロナに感染する危険があった
・もし感染した場合、ホテルの宿泊部の部長が上記状況下であえてハワイに渡航した事実が報道され、たとえ娘の結婚式に出席するためであったとしても、会社の社会的評価の低下をもたらしていた
・2〜3月の会社の経営状況が危機的であった
というわけでXさんは敗訴しました。ツライですね…。
マメ知識
有給休暇のマメ知識をお届けします。
有休の使い方はあなたの自由です。「有休取らせてくれねー」あるあるは以下のとおり。
▼ あるある vol.1
上司
「有休取って何するんだ?」
林弁護士
「テメェに関係ねーだろ!」
「モルディブに行くんだよ!」
これでOKです。有休を取る理由など言わなくていいんです。最高裁がそう言ってるからです。
年次有給休暇の利用目的は労基法の関知しないところであり、休暇をどのように利用するかは使用者の干渉を許さない労働者の自由(全林野白石営林署事件:最高裁 S48.3.2)
ホントに上記回答をする人はいないと思いますが【理由を説明しなくてもいい】ことを押さえておくと、交渉上有利な立場になるので頭に入れておいてください。
▼ あるある vol.2
部長
「有休取りたい? どうしよっかなぁ〜」
「キミの頑張りを見てから決めるよ」
林弁護士
「部長、冗談は顔だけにしてくださいね」
これでOKです。有休って、労働基準法39条の条件を満たしていれば「有休取りますね」でOKです。会社の承諾なんか、いりません。さっきの最高裁が言ってるからです。
会社の承認の観念を容れる余地はない(by 最高裁)
ここまで部長にケンカを売る人もいないと思いますが、部長のザレゴトは無視で有休を取れます。取らせてくれない時は労働局へ申し入れましょう。
▼ 時期を変更してくれないかな…
今回の事件はコレでした。基本、あなたが取りたい時に取れる有給休暇なのですが、会社が「その時期はちょっと…」と考えた時には「その日は無理だからこういう時期にしてくれないかな?」とお願いしてくることがあります。時季変更権といいます。
今回の事件ではコロナ感染拡大という特殊な事情があったため裁判所は時季変更という判断をしましたが、時季変更が認められるケースは少ないです。
もし会社から「その日は無理!」と言われたら、こう切り返してみましょう。
あなた
「私が有休を取ることで【事業の正常な運営を妨げる】のでしょうか? その日の私の労働が業務の運営にとって不可欠であり、かつ、代替要員を確保するのが困難であることについて詳細な説明をお願いします」
会社は「ウッッゼ!」と思うでしょうが、有休を取りたければ実践してみてください。
今回は以上です。これからも労働関係の知恵をお届けします。またお会いしましょう!