花の女王と称され、世界中で愛されているバラ。数多くの魅力的な品種には、それぞれ誕生秘話や語り継がれてきた逸話、神話など、多くの物語があります。数々の文献に触れてきたローズアドバイザーの田中敏夫さんが、バラの魅力を深掘りするこの連載で、現在スポットを当てているのは、純潔な印象を与える白バラ。その中でも、優雅に伸びた枝に小輪花が咲き誇る、魅力あふれるランブラーの銘花を解説します。2回にわたりご紹介している白バラのランブラー、今回は後編です。

ノイバラ系・テリハノイバラ系以外の白花ランブラー


品種名不明。Photo/田中敏夫

白花のランブラーには、原種そのもの、あるいは交配されて新たな園芸種となったものがあります。前編で解説したとおり、それらの多くはノイバラ系とテリハノイバラ系のもの。今回は、異なる原種系に属する白花ランブラーをご紹介していきましょう。

前編と後編でご紹介する、主な原種は以下の通りです。

① ノイバラ(R. multiflora)
② テリハノイバラ(R. luciae)
③ モッコウバラ(R. banksiae)
④ アルヴェンシス(R. arvensis)/エアシャー(R. ayrshire)
⑤ センペルヴィレンス(R. sempervirens)
⑥ フィリペス(R. filpes)

【バラの育種史】魅力あふれる白バラ~ランブラー

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モッコウバラ(R. banksiae;モッコウバラ)-原種、春一季咲き


白八重のモッコウバラ(R. banksiae banksiae) Photo/田中敏夫


白シングルのモッコウバラ(R. banksiae var. normalis)  Photo/田中敏夫

人気のバラであるモッコウバラ。2~3cm径の八重の花が、こぼれるような房咲きとなります。早咲きバラとして知られ、モッコウバラの開花に続いて多くのガーデンローズが花開き、絢爛たるバラのシーズンとなる、その先駆けのバラです。

幅狭、葉先が尖った小さな葉。中国や日本原産の野生種です。旺盛に成育し、柔らかな枝ぶりですが、適した環境に生育すると、数年後には株元の幹が幼児の腕ほどの太さとなる大株に育ちます。

トゲのないバラは、園芸品種では‘ゼフリン・ドローアン’や‘つる サマースノー’などごく一部にしか見られませんが、モッコウバラはトゲなしバラとして広く知られています。

英国王立園芸協会より中国へ派遣されたウィリアム・カール(William Kerr)が広東の庭園でこの品種を発見し、1807年に故国へ持ち帰りました。

モッコウバラの学名のバンクシアエ(banksiae)は、18世紀から19世紀にかけて活躍した英国の博物学者ジョセフ・バンクス(Joseph Banks:1743-1820)にちなんでいます。バンクスは、1773年にはロンドン西郊外のキュー・ガーデンの顧問、1778年王立協会の会長に就任し、死去するまでその地位にあるなど、植物学の発展に大きな貢献を果たしました。

またバンクスは、1768-1771年のキャプテン・クックの第1回航海にも参加し、南アメリカ、オーストラリアなどの植物を多くヨーロッパに持ち帰りました。ユーカリ、アカシア、ミモザをヨーロッパへ持ち帰ったのもバンクスでした。プラントハンターの先駆者のような人物です。

モッコウバラには、白八重、白シングル、黄八重、黄シングルと4種が出回っています。中国などで自生している品種がヨーロッパへ紹介されたのは、白八重が一番先で、その元品種であろうと思われるシングル咲きのほうが後になりました。そのことから、先に登録された、八重咲きはシングル咲きから変異したと思われるものの、単に“banksiae”。後から登録されたシングル咲きが、“banksiae nolmaris(普通の)”と修飾語つきとなってしまいました。

1807年に白八重と黄八重がヨーロッパへもたらされた後、1870年頃に黄シングルが、そして1909年に白シングルが紹介されたとのことです。白八重、黄八重、黄シングルはいずれもわずかに香る程度ですが、白シングルは比較的強く香るという特徴があります。

中国や日本原産のノイバラやテリハノイバラは、ヨーロッパへ渡って以来、交配親として多く利用されました。一方、モッコウバラは比較的温暖な気候を好み、戸外ではヨーロッパの厳寒期に耐えることが難しかったようで、交配親として利用されることはほとんどありませんでした。交配種としては、白花の中輪花を咲かせるランブラー‘ピューレッツァ(Purezza)’など、わずかな品種が知られているだけです。