京都市伏見区の明治天皇陵で今月上旬、手水鉢(ちょうずばち)や石柵に黒いスプレーで落書きされているのが見つかった。この問題をめぐってはその後、落書きしたとみられる少年が「器物損壊」の疑いで任意の事情聴取を受けていると報道されている。
「天皇陵への落書き」と聞いて、天皇や皇族に対する侮辱を問う「不敬罪」を思い浮かべた人もいるかもしれない。この罪は戦後に廃止されているものの、“不敬”を問う罪としては現在、国民の宗教感情を保護するために設けられた「礼拝所不敬罪」(※)がある。
※ 刑法第188条1項:神祠(しんし)、仏堂、墓所その他の礼拝所に対し、公然と不敬な行為をした者は、6月以下の懲役もしくは禁錮または10万円以下の罰金に処する。
礼拝所不敬罪は天皇陵に限らず、一般の墓地や寺社などへの不敬な行為も処罰の対象としているが、「器物損壊罪」とはどのような違いがあるのだろうか。
「礼拝所不敬罪」が適用されるケースとは
礼拝所不敬罪が適用されるケースについて、ベリーベスト法律事務所 京都オフィスの河野建史弁護士は「宗教的な崇敬の対象となっているか」で判断されるという。
「礼拝所不敬罪の目的は、国民の宗教的崇拝や死者に対する尊敬の感情を保護することです。たとえば、墓石そのものなら宗教感情とダイレクトに結びつきますが、今回落書きされた手水鉢や石柵は“お墓に付属するもの”にあたるため、礼拝所不敬罪は適用されないと考えられます」
過去に礼拝所不敬罪で処罰された事例としては、写真家の篠山紀信氏が東京・青山霊園で裸の女性に墓石の上であぐらをかかせてヌード撮影を行ったとして、2010年に略式起訴されている。
そのほか、墓所で放尿するポーズをとったり(東京高裁昭和27年8月5日判決)、墓碑を押し倒したケース(最高裁決定昭和43年6月5日)でも、礼拝所不敬罪が成立している。
器物損壊罪が適用される可能性も
落書きやいたずらによって物や建物を“本来の状態”でなくしたり、“本来の使い方”ができないようにした場合には「器物損壊罪」が成立する可能性があると、河野弁護士は指摘する。
「たとえば明治天皇陵のケースでは、手水鉢や石柵の『外観』も、その使用目的に含まれていると言えます。そこへ簡単に消去することが困難な黒いスプレーによる落書きによって“変更”を加えてしまったわけですから、器物損壊罪にあたると考えるのが一般的です。
いずれも墓所に限らず、公共の場所への落書きやいたずらにも言えることです」
“出来心”の先に待ち受ける「大きな代償」
明治天皇陵に限らず、史跡や文化財が落書きやいたずらの被害に遭うことは少なくない。今年のゴールデンウィークにも、静岡県袋井市の法多山尊永寺で国の重要文化財である仁王門の格子の一部が削られる事件や、大阪府堺市の国指定史跡「土塔」の展示施設で壁面にスプレーで落書きされる事件が相次いだ。
落書きやいたずらしている側は“出来心”や“その場のノリ”で行為におよんでいるのかもしれないが、その代償は大きい。
「被害に遭った施設側は、落書きやいたずらをした人へ損害賠償請求できますが、その金額はさまざまな条件によって決まるため、非常に高額となる可能性も否定できません。
まず修理できる状態だった場合は『もとに戻すためにかかった費用』が請求されることになります。その中には、資材、機材、人件費などさまざまなものが含まれるため、たとえば特殊な資材や技術を要するものだった場合には、賠償額も跳ね上がるでしょう。
そして、修理できない状態だった場合は『時価』で判断されることになります。時価をどう判断するのかは一概には説明できませんが、一般論としては文化的・歴史的価値が高いほどに金額も高くなると考えるのが自然です」