開業10周年を迎える「ザ・リッツ・カールトン京都」のコラボレーションランチで、3人のシェフがつくった料理と、【ムガリッツ】のシェフが語ったこととは?

2024年3月28日、「ザ・リッツ・カールトン京都」は開業10周年を記念して3人のシェフによるコラボレーションイベントを開催。日本、スペイン、イタリアの気鋭のシェフが交わることで起こった科学反応と、そ

京都のホテルが【ムガリッツ】のシェフを呼べる理由

去る3月28日、「ザ・リッツ・カールトン京都」の【ラ・ロカンダ】の厨房で、国内外から支持を得る3人のシェフが同時に腕を振るっていた。その3人とは、スペイン・バスク地方【ムガリッツ】のアンドニ・ルイス・アドゥリス氏、東京【イル・リストランテ・ブルガリ東京】のルカ・ファンティン氏、京都【シェフズ・テーブル by Katsuhito Inoue】の井上勝人氏。

なぜ3人のコラボが実現できたかといえば、アドゥリス氏はファンティン氏と井上氏の師匠で、ファンティン氏は井上氏の師匠であり長年の友人だから。3代の子弟関係によって紡ぎ出される料理の系譜が、京都で披露されることとなった。これまでファンティン氏と井上氏のコラボはあったが、今回は初めてアドゥリス氏も加わるとあって注目を集めた。

率先して本企画を実現させた井上勝人氏

アドゥリス氏といえば、「世界のベストレストラン50」の上位常連であり、2023年度はアイコン賞を受賞。25年に渡りバスクのガストロノミー界を牽引し、スターシェフとなった弟子を世界中に持つ。自身は伝説となったレストラン【エル・ブジ】出身だが、同店とはまた違う形で人々を驚かせる料理を展開する。

例えば“Sake Handkerchief”は日本酒を染み込ませた食べられるハンカチ。そんな誰も予想がつかない料理を提供するのが【ムガリッツ】だが、とことんユニークになれる大きな理由は、毎年1月から4月までの休業期間にもある。その間、アドゥリス氏と研究開発チームは世界中を旅してクリエイティブな感性を磨き、新メニューを開発。3月末の来日もその一貫だ。ファンティン氏と井上氏について、「ふたりの料理を見るのは私にとって有益なこと。享受が多く、彼らから学んでいます。学びを栄養に自分を豊かにするのです」と話すアドゥリス氏だからこそ、成立したコラボだった。

3人の写真が並ぶメニュー表

「いつも必要なのは学ぶこと。私にとって怖いのは、朝起きた時に好奇心を失っていた時。それは命を失ったのと同じことです。そうならないためにも学び続けたい」とも言い、多くのシェフから尊敬されるのは、その姿勢にもある。

個性の異なる三者によるコースは準備が大変に思えるが、「私たちはお互いをよく知っていて、どんなことが可能か分かります。というのも、私はクルマのタイヤ交換はできないけど、料理はできますからね」とアドゥリス氏。料理だけでなく言葉も個性的で、理に適ったユーモアを感じさせるシェフなのだ。【ムガリッツ】の壁には大切なメッセージが書かれているが、そのひとつが“exactitud(正確さ)”で、実はスペルが間違っていて、「すべてが完璧になったら、非完璧性を求める」意図の表れだったりする。

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コラボコースには、師匠へのオマージュも含まれた

柔らかなコットンに包まれた人肌の『Ama』

コースの1品目から出席者は別世界に連れて行かれた。『Ama(アマ)』という名のアドゥリス氏によるひと品は、なんと“おっぱい”。「Ama」はバスク後で母を意味し、シリコン製のおっぱいの中には干し草で香りをつけたミルクが入っている。触感もリアルで、温度は体温と同じ37℃。いい大人が戸惑いながらも笑顔で乳を吸い、「初めての体験」だと言ったりするが、ほぼ全員が赤ん坊の頃にしていた行為。国籍を問わない共通体験を思い返し、まるでインタラクティブアートのようだ。

実は、フランス人女性アーティストとのコラボレーションから生まれた料理。乳がんを患った彼女がその経験を元に作ったアートがあってできたひと品だ。バスクでは羊のミルクが入りローカル感も出す。トリッキーなようで遠く忘れていた温かみやありがたみに触れるのが興味深い。

『Ama』を1品目にしたことについて、「【ムガリッツ】の世界観をまずはみなさんに楽しんでいただきたかったからです。手で吸う行為も、フォークやお箸を使うより五感で楽しめます」と井上氏。来日8回目で日本の食材に詳しいアドゥリス氏に、京都でどんな料理を作りたいかを考えてもらった結果、その後はイカとウニがそれぞれムガリッツ流に提供された。

井上氏による、野菜の切れ端を練り込んだフォカッチャと野菜付きペースト

ファンティン氏と井上氏は、独自性と、【ムガリッツ】へのオマージュを融合させた料理もつくった。例えば井上氏は、【ムガリッツ】のスペシャリテであるハーブと花のサラダ『ベルドゥーラス』にオマージュを込めたサラダを、自身の店で提供しているが、今回はサラダとしては組み込めなかったので、派生となるペーストをフォカッチャに添えて提供。なお、『ベルドゥーラス』は元々、フランスにある【ミシェル・ブラス】のサラダ『ガルグイユ』に影響を受けてできた料理なので、【ムガリッツ】のフィルターのあと、井上氏が大切にするサステナブルな観点が加わり、京都の旬に着地していることになる。

ファンティン氏による冷製イカ墨パスタ

オマージュの他、それぞれの個性が全面に出る料理も組み込まれ、ファンティン氏らしかったのはイカ墨を練り込んだ冷製パスタ。「コールドイタリアン蕎麦(笑)」と紹介されたスパゲッティだ。キリッと冷やされた麺が、魚介のストックとキャビアのペーストが入ったソースをまとい、歯切れもよく、そこに合わせられたのが「Jean Lallement」のロゼ シャンパーニュというのも小粋だった。

右からアンドニ・ルイス・アドゥリス氏、ルカ・ファンティン氏、井上勝人氏

コース終了後、「アンドニが新しい技術を私たちに教えてくれるのは、20年前とまったく変わらない。その料理を食べ、説明してもらい、【ムガリッツ】のキッチンで仕事をしているようでした」と井上氏。時を経ての師弟間コラボは、それぞれに新たなインスピレーションを与えたようだ。

コラボコースの全容

【シェフズ・テーブル by Katsuhito Inoue】では、今後もコラボレーションや季節ごとのイベントを企画しているので要注目。気候の変化や動植物の様子を短い文で表した「七十二候」をテーマにしたシェフズテーブル(水曜〜土曜)でも、京都の恵みや日々更新される創意工夫を感じられる。