2024年3月28日、「ザ・リッツ・カールトン京都」は開業10周年を記念して3人のシェフによるコラボレーションイベントを開催。日本、スペイン、イタリアの気鋭のシェフが交わることで起こった科学反応と、そ
「食べることは、楽しくて素晴らしいことであるべき」
最後、参加者から日本で得る影響を聞かれると「Mucho(とても), mucho,mucho!」と繰り返したアドゥリス氏。「私にとって魔法の国。日本から影響を受けないなんて不可能です。私が作っている料理は日本の精神を表現していると言ってもいい」と言う。
「最初の来日ではまったく何も分かりませんでした。だからこそ、日本を理解したくなりました。そして理解したのは、日本の文化は、完璧さを追及するのが標準であること。それが、私が魅了させられた理由であり、最高に気に入った日本の個性です。手仕事をする人間にとって、完璧主義が重要だからです。ハンドメイドの仕事をする職人は、今日、何をしますか? 昨日と同じことの繰り返しです。でも、同じことでも、昨日より良いものを作りたい。次の日、そのまた次の日は、もっともっと良くしていきたい。それが、今こそ大きな価値を持つのです。というのも、今の時代はどんな仕事もライン作業になっていて、スピードばかり重視されます。何もかも速く行われ、人々はみんな忍耐がなくなり、すぐに記憶は塗り替えられ、すぐに気が移ってしまう。でも、職人とは忍耐だと思うのです」
時短化の世の中にうんざりする様子でアドゥリス氏は続ける。
「昔はテレビドラマの今日の放送が終わったら、次回は来週まで待たなければならなかった(今はまとめて観ることができる)。映画も音楽も短くなって、私たちは古きよき長い作品に詫びを入れないといけない。現在は物事がスピーディに飛ぶように進んでいくけれども、速すぎる時間について釈明する必要がある。なんでも“いますぐ”。待つことができないから、仕事にも時間を費やさない。だからこそ、私にとって日本は重要です。日本は職人芸の国であり、物事をつくるには、それ相応の“時間を費やす”ことが必要であることを分かっている。そういう国だから、私は日本を走り去ることはできません。以前は何かをやろうとしたらもの凄く時間がかかって、ほぼ一生を費やすこともありました。私はその文化のなかに生まれた人間です」
2022年夏には、サンセバスチャンにカジュアル店の【Muka】を開業している
「私にとってレストランに立つことはショーの舞台に立つようなもの」とも話すアドゥリス氏。
「人々に“圧巻だ!”と思わせたくて、そのために努力します。みなさんに楽しんでほしいし、心を揺り起こしたいから。時に感動は起こらないかもしれない。それは私のせいでもあるだろうし、一方でお客さんによるものかもしれない。簡単に言えば、魚が好きじゃないなら、一体何のために日本に来ますか? 自分がどこに行きたいかは、自分できちんと知らないといけない。面白いことに、この問題はガストロノミーだけによく起こります。ファッションは自分が欲しい服だけを買いますよね。どんなアーティストか知らないで、コンサートのチケットを買う人もいない。オペラに行くなら相応の格好をし、パンクならそれっぽい格好をする。自分が行く場所を分かっています。もしも行ったレストランの料理に興味がなかったら、行く場所を間違ったのかもしれないのです」
そう媚びずに言えるのも、「料理とは知識の集大成」と考え、世界中のシェフに会い、あらゆる料理を食べ続けたシェフだからかもしれない。長年の実体験が注ぎ込まれる料理で、圧倒的にユニークな食体験をつくるのが【ムガリッツ】だから。「人生とは複雑ですからね。レストランにいるほんの3時間だけ、人々を現実とは別の境地に連れ出したい」という気持ちが、クリエイティビティのスタート地点。最後に、バスク人のシェフとして根本に根づく言葉を残し、会はお開きとなった。
「私にとって食べることはパーティーと一緒です。食べることは、楽しくて素晴らしいことであるべきです」