鹿児島県鹿屋市。九州の南端に、グリーンの生産から鉢への仕立て、販売までを一手に行うショップがある。その『アラヘアム』が手がける植物は必ず住まいにすっと馴染み、みずみずしい空気を吹き込んでくれるから不思議だ。この店の植物が特別な理由と仕立て方の秘訣を探るべく、ショップと温室、そしてオーナーの自宅を訪ねた。
ショップの向かいにある温室と畑で、グリーンの生産を行う。アガベがずらり。
食虫植物に水やりをする、〝前原三兄弟〞三男の前原剛三郎さん。「何度繰り返しても飽きない。365日、365通りの水やりがあるんです」
暮らしの一員としてのグリーンをつくるために。
見渡す限り畑の続く風景の中、ぽつんと現れるショップと温室。元工場をリノベーションした『アラヘアム』は、オージープランツに囲まれ異国のような存在感を放っていた。なぜわざわざこの場所に?という謎は、店を営む〝前原三兄弟〞の出自に由来する。長男の前原良一郎さん曰く「父が植物の卸、リース業の〈グリーンショップマエハラ〉を営んでいて、息子たちが引き継いだ形。『アラヘアム』は2011年に鹿屋の別の場所にオープンしましたが、以前から父が温室を構えていたここに、2 年ほど前に移転しました」。
生産する植物は今も卸販売がメイン。3 割ほどが『アラヘアム』と、東京の支店『アラヘアミー』に並ぶ。生産を管理する三男・剛三郎さんが、しっとりと熱の籠もる温室の中を案内してくれた。
「うちのように生産から仕立て、販売までを一気に手がける業者は珍しいかもしれません。でも、それゆえに気づいたんです。兄たちが鉢に仕立てる苗をピックアップするとき、ただ元気でボリューミーなものを選んでいるわけではなかった」
鉢の仕立てを担当する、良一郎さんが続ける。
「僕らは暮らしの一員としてのグリーンをつくりたい。部屋に溶け込んでほしいんです。植物越しに、人や家具といった生活の風景が見えるよう……、だから苗と鉢が馴染んでいることが大切」
他の生産業者やバイヤーが『アラヘアム』の温室へ見学に来ると、苗同士の密度に驚くという。苗同士が近いと、葉が重なり合って光量が絞られ、葉がギチギチと詰まらずに程よい形に育つそうだ。
ここで生産される品種は観葉、多肉から生花までにわたり、その数は200から300にものぼる。
「お客さんや取引先の方々と情報交換して、どんどん新しい品種にトライしています。でも流行は関係ない。『最近あの品種見ないね』と聞くとつくりたくなるし、自分がいいと思うものでないと」
そう笑う剛三郎さんは、もちろん水やりにも『アラヘアム』らしさを追求していた。
「うちでは苗が小さいうちから、たくさん水をあげて風を回して、水が好きな苗になるように育てています。植物を世話するときに一番楽しいのは水やりでしょう? お客さんの手に渡ったとき、そのうれしさを存分に味わってほしいから」
ショップに併設するカフェ『POT A CUP OF COFFEE』では、コーヒー豆の焙煎も行う。新店舗に移り、ナチュラルワインの販売も始めた。
店舗脇にある小さな温室では、植え込まれてすぐの植物が鉢に馴染むのを待っている。お客さんから不調の植物を預かり、ここで養生することも。
ショップ内のサンルーム。作家鉢やオリジナルポットに収まるグリーンのほか、鉢カバーや園芸グッズも並ぶ。好みの苗と鉢を選んで、植え替えてくれるサービスも。
前原三兄弟。左から次男の宅二郎さん、長男の良一郎さん、三男の剛三郎さん。
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日々変化する植物に合わせて、工夫を重ねるのが楽しい。
続いて向かったのはショップ。仕立てられた植物が並ぶ心地よい空間にはカフェが併設し、ローカルの人々がコーヒーを楽しんでいた。主にショップの運営を担当するのは、次男の宅二郎さんだ。
「ここにある植木鉢は、セレクトから『アラヘアム』オリジナルのものまで様々。アメリカ西海岸の風景に憧れて、現地で何げなく使われているテラコッタ鉢や、在住の作家鉢を仕入れています。加えて、地元・鹿児島の〈ONE KILN〉に新たに製作してもらったり、知的障がい者支援施設「しょうぶ学園」の方々がペイントした鉢をセレクトしたり。今では全国の作り手とも繋がるように」
鉢と植物との合わせ方には、『アラヘアム』なりのポイントがある。良一郎さんが続ける。
「すべての植物に当てはまるわけではないですが、まずは植物と鉢の色をきっかけにします。茎がブラウンなら、同系色の鉢に合わせるというふうに。葉のフォルムも共通項になり得て、丸い葉には丸っこい鉢、鋭利な葉にはスッキリとした鉢が似合うことが多いです。表土の収まりも重要。鉢とのバランスを見て石などで覆うと、全体がぐっと締まります。ただ、これらはディテールの話。植物を置く場所の風景を想像して、収まりがいいように合わせる、客観的な目を持つことが大切」
慣れてくれば、大きくなった姿を想像して植え込めるようになるという。「じゃあ、実際に植物が家にある様子を見てみましょうか」と、宅二郎さんが近所にある自邸へ案内してくれた。玄関から続く土間では大小さまざまな植物が差し込む光に照らされ、リビングではオーガスタが天井まで届くほどに伸び、空間に奥行きをもたらしていた。
「特別な設備を用意するのではなく、それぞれの環境で育てるのが観葉植物。だから徒長することもあるし、樹形が乱れることもある。時間が経って表情が変わってしまうのは仕方のないこと。でも新しい姿に合わせて植え替えたり、カバーを変えたり、工夫することを楽しんでもらえたら」
宅二郎さんとともに自邸を案内してくれた、妻のなつきさんも微笑みながら続ける。
「嫁ぐ前から今まで、植物のことは全くの素人なんです。だけど実際に育ててみたら可愛くて。グリーン越しに外を眺める時間が好きになりました」
次男・宅二郎さんの自宅土間。インテリアを使って高さを変えつつ、空間をバランスよく植物が彩る。左手 前、2 つの鉢を組み合わせたポットがユニーク。
LDKでは巨大なオーガスタを中心に、要所に緑を配した。
Shop Informationアラヘアム Araheam
植物と雑貨のショップ、ギャラリー、カフェの複合施設として、前原良一郎、宅二郎、剛三郎の〝前原三兄弟〞が営む。グリーンを中心にアパレルや食器、日用品、食材も取り扱い、衣食住すべてのジャンルで商品を提案。店名は“Maehara”の逆さ読み。鹿児島県鹿屋市東原町2848‒3 0994‒45‒5564 12:00~18:00 火休 東京・千駄ヶ谷に支店『アラヘアミー』がある。
公式サイト
&Premium No. 126 Life with Flowers & Greens / 窓辺に、花と緑を。
人はなぜ、こんなにも花や草木を愛するのでしょうか。植物と触れ合うことは、その美しさを愛でるということにとどまらない大きな喜びを、私たちに与えてくれます。植物とともにある生活は、毎日が発見の連続。 季節の移ろいに敏感になるだけでなく、住まいや暮らしそのものを、心地よく、健やかにしたいと願う気持ちまでもが、ふつふつと湧いてくるように思います。さらに、私たちの中に潜む原初的な感覚の扉をそっと開き、心にやすらぎをもたらしてくれるのです。今号は、花を飾ること、植物を育てることを楽しみながら、心地よく暮らす人たちを訪ねました。
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