女性の子宮頸がんを防ぐワクチンとして注目を集めているHPV(ヒトパピローマウイルス※)ワクチン。WHO(世界保健機関)が接種を推奨しており、2022年12月時点で120カ国以上が公的な予防接種を実施しています。カナダ、イギリス、オーストラリアなどの接種率は8割以上に上ります。
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皮膚や粘膜に感染するウイルスで、200以上の種類がある。粘膜に感染するHPVのうち少なくとも15種類が、子宮頸がんの患者から検出され、それらは「高リスク型HPV」と呼ばれている。参考:HPVワクチンに関するQ&A|厚生労働省(外部リンク)
一方、日本では2013年4月より、小学校6年生から高校1年生までに相当する女性を対象に定期接種が行われていますが、接種率は14.4パーセント(※)と推定されており、低い水準です。
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2021年8月時点での調査結果。参考:高1女子が対象。高1女子と高1女子の母親に聴取|みんパピ!全国アンケート調査結果 | みんパピ!みんなで知ろうHPVプロジェクト(外部リンク)
また、HPVは子宮頚がんだけでなく、咽頭(のど)や肛門、陰茎などにできるがんの原因となることも分かっていることから、男性への接種も推奨されていますが、現状ではあまり認知されていません。
なぜ、HPVワクチンを接種した方がいいのか? そもそも子宮頚がんとはどんな病気なのか? 「みんパピ!みんなで知ろうHPVプロジェクト(以下、みんパピ!)」(外部リンク)を運営する一般社団法人「HPVについての情報を広く発信する会」の代表で、産婦人科医でもある稲葉可奈子(いなば・かなこ)さんにお話を伺いました。
取材に応じてくれた稲葉可奈子さんは、産婦人科医として多くの子宮頸がん患者に接してきた。写真提供:一般社団法人HPVについての情報を広く発信する会
子宮頸がんの主な原因であるHPVは、誰もがかかり得るウイルス
――そもそも「子宮頸がん」とはどんな病気でしょうか?
稲葉さん(以下、敬称略):子宮の出入り口に近い「子宮頸部」にできるがんで、毎年1.1万人の女性が子宮頸がんと診断され、その内約2,900人が亡くなっています。
先進国では子宮頸がんの患者数は減り始めていますが、日本では2000年以降の子宮頸がん罹患率、死亡率は増加しているというデータがあります。
がん=年齢が高いほどかかりやすいというイメージを抱きがちですが、子宮頸がん発症のピークは20~40代。働き盛りだったり、結婚や出産を意識し始める頃だったり、ライフステージが大きく変わる時期と重なっています。
一生のうち子宮頸がんで亡くなる人は10クラスに1人くらいといわれている。引用:小学校6年~高校1年の女の子と保護者の方へ大切なお知らせ|厚生労働省(外部リンク/PDF)
稲葉:子宮頸がんのほとんどはHPVの感染が原因であることが分かっていて、主に性交渉によって感染します。「性交渉で感染する」と聞くと、“性に奔放な人がかかる病気”というイメージを抱く人もいますが、HPV自体はごくありふれたウイルスで、約80パーセントの人が、一生に一度はHPVに感染するといわれています。
また、感染してもすぐにがんが発症するわけではなく、感染しても何も起こらないことが多いですが、10人に1人の割合でHPV感染が原因で細胞に異常をきたすことがあります。これが「子宮頸部異形成(しきゅうけいぶいけいせい)」と呼ばれるがんになる手前の状態で、HPVに感染してから数年~数十年の年月をかけて一部ががん細胞に成長します。
大切なポイントは、HPVワクチンと定期的ながん検診で予防ができるということ。HPVワクチンにはウイルスのタイプによって「2価ワクチン(サーバリックス)」「4価ワクチン(ガーダシル)」「9価ワクチン(シルガード9)」の3種類があり、2023年から定期接種の対象となった9価ワクチンを接種することで、子宮頸がんの原因となるHPVの80~90パーセントを防ぐことができるのです。
WHOもワクチンの接種を推奨していて、2020年11月時点では110か国(2022年12月時点で120カ国以上)で公的な接種が行われ、カナダやイギリス、オーストラリアなどの接種率は約8割となっています。
――子宮頸がんは「予防できるがん」なのに、日本ではワクチンが普及していないのですね。
稲葉:日本では2013年4月に、小学6年生から高校1年生の女性を対象に、公費負担でHPVワクチンの定期接種を始めました。10代で接種を開始する理由は、HPVに感染する前の若い時期に接種をするほど高い効果が得られるからです。
しかし、ワクチン接種後に痛みなどを訴える声があり、それを科学的根拠がないまま「HPVワクチンの副反応である」とさまざまなメディアで取り上げられたことで、2013年6月に厚生労働省は「必要な情報を提示できるまで積極的なワクチン接種の勧奨を中止する」ことを決めました。
当時も、希望者は接種できる環境ではあったのですが、ネガティブな報道から社会全体に不安が広がり、約70パーセントあった接種率は1パーセント未満にまで落ち込んでしまいました。
メディアでの過剰な報道をきっかけに不安感が広がり、HPVワクチン接種率は激減してしまった
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正しく知れば「HPVワクチン」は怖くない
――積極的接種の推奨が再開された現在も、普及が進まない原因はなんでしょうか?
稲葉:連日のように報道されていた当時のネガティブなイメージが残っていたら、不安に思うのは当然ですよね。刷り込まれてしまった不安を払拭するほどの熱量で、「HPVは誰でも感染しうる病気であり、子宮頸がんなどの原因であること、HPVワクチンで発症が防げること、そしてワクチンの安全性は確認されていること」を広く伝える必要があります。
また、親の世代が改めて正しい知識を身に付けると同時に、中学・高校生で接種する子どもたちにとっては、授業を通して知る機会をつくることも重要だと思います。
――積極的接種が中止されていた間に、ワクチンを接種する機会を逃してしまった対象者をフォローするための対策としてキャッチアップ接種(外部リンク)も始まっているようですね。
稲葉:キャッチアップ接種は1997~2007年度生まれ(誕生日が1997年4月2日~2008年4月1日)の女性を対象に、公費でHPVワクチンを接種できるもので、接種期間は2022年4月~2025年3月までとなっています。
原則として、決められた間隔を空けて同じワクチンを3回接種(※1)するのですが、3回の接種を終えるまでに約半年間かかります。また、2025年度以降キャッチアップ接種は予定されていないので、1997~2007年度生まれの方が全て公費でHPVワクチンを接種するためには、2024年の9月までに1回目を接種する必要があります(※2)。
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1.9価ワクチンの場合、1回目の接種を15歳までに行うと合計2回で済む
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2.定期接種、キャッチアップ接種以外での助成については、各自治体にお問い合わせください
厚生労働省のウェブサイトにはキャッチアップ接種の案内のリーフレット(外部リンク/PDF)が公開されている。※画像をクリックで拡大表示