そろそろ海外にも行きたい。そう考えている方も多いことだろう。では、どこに行こうかと思案したとき、ふとお気に入り映画のワンシーンを思い出したりしないだろうか。思わぬステイホームを強いられ、「いつか行きたい」と思っていたあの場所へ行けることは、決して当たり前なことではないと知った今、私が思い描いたのは大好きなあの作品の、美しいロケーションを訪れる旅。サンフランシスコで巡り合えた、憧れのシネマティックな風景をご紹介したい。
映画を愛する私が、長いコロナ禍から抜け出したときぜひ訪れたいと考えたのは、アメリカ。とはいえそれは、HOLLYWOODサインがあり、自由の女神や摩天楼がそびえ、ひと目でそれがどの街であるかがわかる世界で最も有名な映画都市、ロサンゼルスでもニューヨークでもなかった。
アイコニックな風景を持ち、映画に愛されていると言う意味では、決してLAやNYに引けを取らない街、サンフランシスコとシアトル。そしてここは、映画を愛している街でもある。まずはサンフランシスコに向かった。
アメリカ映画界が誇る、2人の巨匠の聖地へ
サンフランシスコといえば、ゴールデン・ゲート・ブリッジや急な坂道、そこに軒を連ねるカラフルな「ヴィクトリアンハウス」など、映画に登場する名所も多い。背景に登場するだけで、それがサンフランシスコだとすぐにわかる。大都市ではあるものの、どこか文化を色濃く感じさせるヴィレッジ的な風情もあり、映画界の巨匠たちも愛してやまない。現代ハリウッドを代表するフランシス・フォード・コッポラとジョージ・ルーカスが映画『アメリカン・グラフィティ』を撮影したことでも知られる。
現在もコッポラは西海岸の拠点としてノース・ビーチ地区(リトル・イタリー)とチャイナタウン、ビジネス地区にまたがる場所に立つThe Sentinel Building内にオフィスを構えている。センチネルビルディングは1907年に完成。1906年の大地震とそれによって引き起こされた大火災の時、すでに建設が始まっていたが、周辺の建物がすべて倒壊した中で、唯一生き残ったのだという。現在は、サンフランシスコ指定の歴史的建造物として登録されている。
コッポラは、この建物を1972年に購入。ファミリーが所有するfilm studio 「American Zoetrope」もこのビルに入っていて、コッポラは最上階に自宅、そして地下に家族のためだけの小さな試写室や編集室を構えている。実際にここで、『ゴッドファーザー』トリロジー、『カンバセーション …盗聴…』『地獄の黙示録』『アウトサイダー』など、数々の名作が誕生した。
https://www.zoetrope.com/
非公開の場所だが、今回、撮影NGという条件で特別に見せてもらうことができた。ファミリーが愛用するプライベートな空間は、コッポラ好みのインテリアで整えられていて、カーペットや壁紙にはカラフルな幾何学模様のファブリックが施されている。だが、その色味は極めてレトロ。極めて個人的な感想だが、それはどこか『ゴッドファーザー』を想起させる世界観だ。部屋全体に温かみと懐かしさが漂っていて、とても親密なムードに包まれていた。映画は、コッポラ・ファミリーにとって単なるビジネスではなく、創作物というだけでもなく、家族間で受け継いでいく伝統のようなものなのだろう。
ここは映画愛がソフィアやロマンといった子供たち、そして次世代に美しく引き継がれていく場所だ。それは決して巨大スタジオでは育まれないものだ。現在、ビルの一部は全12室のブティックホテルへと改装中とのこと。この名所は今後、宿泊も可能になる。
1FにはCafé Zoetropeがあり、映画関係のポスターや、クリエイター仲間によるアートなどが所狭しと飾られている、夢のような空間だ。メニューには、コッポラがビルを購入する前にあったレストランに敬意を表したシーザーサラダ(禁酒法時代に人気を博し、地下のナイトクラブで供されたと伝わる)や、ファミリー伝統のトマトソースなどが並び、シンプルながら温かみのある味に舌鼓。隣り合った常連と自然と文化的な話がはじまる、そんな洗練された空間だ。映画好きの聖地であることは間違いないが、レストラン&カフェとしても、家の近くにあったら通いたくなる店。訪れることができて本当にうれしかった。
道の向かいには、『マトリックス レザレクションズ』(ラナ・ウォシャウスキー監督)が撮影された「House of Nanking」があり、映画ファンにはたまらない一角と言えるだろう。
「American Zoetrope」は、コッポラがルーカスと共に、1969年12月12日に設立した映画製作会社で、今も大資本に頼らず個人経営を貫いている。自分たちの作品だけでなく、ジャン=リュック・ゴダール、黒澤明、ヴィム・ヴェンダースらの作品もプロデュース。アカデミー賞の常連でもあり、今も名作を世に送り出していることを考えると、このビルの規模は多くの人が意外に思うことだろう。
盟友ルーカスも、かつて米軍基地だったプレシディオという地区にスタジオ「ルーカス・フィルム」を構えていたが、2012年に「ウォルト・ディズニー・カンパニー」に売却。現在は、「ONE LETTERMAN」という総合映像施設の一部として、常に進化する映像業界のハブ的な存在として、先駆的なアイディアの創造と業界をリードする拠点となっている。
https://www.onelettermandrive.com/
ここでは、『スター・ウォーズ』関連の等身大キャラクターがたたずむ建物内も見学することができ、ファンの聖地ともなっている。この日は休日とあって、中庭にある等身大のヨーダがいる噴水とエントランスのみ見学できた。
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ロケ地としても人気のライト建築
もうひとつ、私が憧れてやまない風景がサンフランシスコ郊外にある。カリフォルニア州マリン郡のサンラファエルにある、Marin County Civic Center。敬愛するフランク・ロイド・ライトの遺作にして、彼が手がけた最大の公共建築だ。
ペンシルベニア州の落水荘(Fallingwater)、ニューヨーク州のソロモン・R・グッゲンハイム美術館、日本では旧帝国ホテル、自由学園明日館などで知られ、日本でも愛されているアメリカの建築家だ。
Marin County Civic Centerは、街の中心部から車で30分ほど走った場所にある。ゴールデン・ゲート・ブリッジを走り抜け、気持ちの良いドライブを経て到着すると、まずその圧倒的な存在感に言葉を失う。丘をつなぐようにブリッジがかけられ、ゆったりと平面的に伸びる姿は、彼が生み出したプレーリースタイルを思わせ、しっかりとこの大地と結びついているように見える。後で聞いた話だが、ライトはこの土地を見て10分で、このアイディアを思いついたという。天才とはそういうものなのだと、この話を教えてくれたガイドが言っていた。
建物内に一歩足を踏み入れると、ドアや壁の表示など、ディテールの美しさに心を奪われる。ミッドセンチュリーのインテリアデザインが、今も現役で機能しているとは、この時代の造形を愛する者にとって夢のようだ。
ここには、郡庁舎、裁判所、図書館など、市民のための施設が集まる。事前にツアーに申し込んでおけば、建築内を案内してもらえるだけでなく、建築の際に賛否両論があったこと、それがどのように決着したかというエピソード、モテ男ライトが巻き起こした恋愛スキャンダルなどについても語られる。その都度、質問が飛んだり、ライトファンが情報を追加してくれたり、創造性豊かな会話が展開したりと、他の参加者とのコミュニケーションも楽しい。自由に入館し見て回ることもできるが、時間が許せばぜひ事前にツアーへの申し込みをお勧めしたい。
途中、ライトがこの建築のアイディアを思いついたという丘でしばしたたずんだ。そこから見るMarin County Civic Centerは、静かに地球に下りた宇宙船のようでいて、自然にしっくりとなじんでいた。なおかつ自然の美しさや人工物のクリエイティビティを強調している、ライトらしい造形美を体感できる。そして、現役ながら長年そこにたたずむ遺跡のような風格さえ感じることができた。
ここでは、アンドリュー・ニコル監督の『ガタカ』(主人公が働く航空宇宙局「ガタカ」として登場)や、ルーカスの処女作『THX 1138』が撮影されている。ユニークなのは、これらの作品いずれもがSFであること。レトロフューチャーな景観は、どこか郷愁を感じさせながらも、いつ見ても一歩先の世界を表現しているようにも感じられる。
1968年製作の巨匠スタンリー・キューブリック監督によるSF映画の金字塔『2001年宇宙の旅』でも、オリヴィエ・ムルグ、ジョージ・ネルソン、アルネ・ヤコブセンら、そうそうたる面々のデザインしたインテリアや小物が使われていて、決して色あせないミッドセンチュリーモダンの洗練を今に伝えている。
ライトの生み出したミッドセンチュリーの造形も、時代の価値観を超越した美を提示し続けているのだ。すべての世代に愛されるようにと願ったライトの思いは、時を超えて今も受け継がれていて、現在もここで結婚式をする人が多いのだという。
https://www.marincounty.org/depts/cu/tours