5月30日、ハンセン病元患者の孫である女性に「家族補償法」による補償金を支給される権利が認められなかった処分について、取り消しを請求する抗告訴訟の判決が言い渡された。東京地裁は「処分は適法である」として、女性の請求を棄却した。
出生の10日前に祖父が収容される
原告は1940年代生まれ、現在70代の女性。
2019年に施行された「ハンセン病元患者家族に対する補償金の支給等に関する法律」(以下「家族補償法」)は、「らい予防法」を中心とした国の隔離政策に基づく偏見と差別が原因でハンセン病元患者との家族関係を形成することが困難になり、苦痛や苦難を強いられてきた家族に補償を行うための法律。
家族補償法では、「1:ハンセン病元患者の配偶者」や「2:ハンセン病元患者の一親等の血族」など、補償金が支給される対象が規定されている。原告女性は元患者の孫であるため「二親等の血族」となるが、条文には以下のように定められている。
「5:ハンセン病元患者の二親等の血族(兄弟姉妹を除く。)であって、当該ハンセン病元患者と同居しているもの」
しかし、祖父は女性が出生する10日前に、「らい予防法」による隔離政策のため療養所に収容されていた。
原告女性は家族補償法による補償金を申請したが、2021年6月、厚生労働大臣は、「同居」に関する要件を満たさないため、補償金が支給される権利を女性に認めない処分を行った。本訴訟は、この処分の取り消しを求めたもの。
「胎児は、損害賠償の請求権については、既に生まれたものとみなす」と定める民法721条の規定が家族補償法にも適用することができるかどうかが争点となった。
補償金は「損害賠償金」であるかどうかが争われる
原告側は、祖父が収容される前から女性は母親の体内で胎児として「同居」していたことを指摘して、民法721条の規定は本件にも適用されるべきと主張。
判決では、家族補償法による補償金は損害賠償金としての性質を含むものであることを認めつつも、「ハンセン病元患者家族に関する政策的考慮に基づいて行われる特別な補償であると解するのが相当である」として、民法721条の適用を認めず。
また、家族補償法には胎児を補償金の支給対象とする規定も設けられていないことから、厚生労働大臣の処分を「適法」と認定した。
判決後の記者会見では、原告代理人の金丸祥子弁護士が「そもそも家族補償法は、国にハンセン病元患者家族への賠償を命じた2019年の熊本地裁判決を受けて制定された法律である」と指摘。元々は損害賠償を目的にした法律であるのだから、民法721条の適用を認めない裁判所の判断は不当である、と訴えた。
「ハンセン病に対する偏見のために、望んだ家族関係を築けなかった家族たちは大勢いる。胎児について条文に規定されていないなら、家族補償法が制定された趣旨を考慮して胎児も支給を受けられるように、国会での立法によって適用範囲を広げるべきだ」(金丸弁護士)
ハンセン病元患者の家族も差別の被害を受けてきた
家族補償法の前文には「国会及び政府は、その悲惨な事実を悔悟と反省の念を込めて深刻に受け止め、深くおわびするとともに、ハンセン病元患者家族等に対するいわれのない偏見と差別を国民と共に根絶する決意を新たにするものである」と書かれている。
原告女性は、この文章を読んだとき、感動したという。
その一方で、祖父が収容されるのがあと10日遅れていたら自分にも支給する権利が発生していたこと、またそもそも祖父が収容されたのは隔離政策を実行していた国側の都合によるものであったことなどを考えると、理不尽にも感じた。
判決について弁護士が電話で報告したところ、女性は「お金が欲しくて請求したのではないし、必ずしも勝てるものではないとも思っていた。しかし、実際に判決を聞いてみたら、法律は自分たちのような立場の人間がいることを考慮していない、という思いが強まった」と語った。
原告代理人の内藤雅義弁護士によると、祖父は女性が中学生のときに死去したが、それまで祖父が生きていたことを女性が家族から知らされたのは祖父の死後だった。また、ハンセン病への偏見や差別のために家族は転居を余儀なくされ、女性の母親は周囲から堕胎を勧められていた。
女性は「自分自身が直接に差別を受けたことはないが、家族全体が人生を狂わされた」と考えているという。
判決でも、原告女性は「ハンセン病元患者家族として差別を受ける地位に置かれ得たものといえる」と認定されている。
「ハンセン病の家族がいるという事実が伝えられず、知らずに生きる人も多い。また、家族が崩壊した例もある」(内藤弁護士)
控訴については、原告と弁護団とで検討を行う予定。