May.31 – June.06, 2024
Saturday Morning
Title.
Cants intims I: He anat a reposar a la platja i el cel era tot gris…
Artist.
Miquel Villalba 「海辺に休息に行ったら空は灰色だった」という、徒然文のようなタイトルのブランカフォート(カタルーニャ出身)のピアノ曲。
その昔、小田急江ノ島線沿線に住んでいたことがある。週末、早起きをして終点まで行き、海辺を散歩した。ただひとり、あてどもなく歩く事が目的だったので、人出の多い晴れた日を避けて、曇りや小雨の日を選んで出かけていた。考え事をするのにもその方が都合がいい。6月もよく行ったと思う。
「海辺に休息に行ったら空は灰色だった」。
標題のある音楽を聴いていつも思う。実体のない「音」という物理現象が、果たしてそのような情景を描く事などできるのだろうか。
たぶん、そこにあるのは、「のようなもの」。
海、のようなもの。灰色の空、のようなもの。曇った日の海も悪くないではないかという気持ち、のようなもの。
アルバム『Blancafort: Piano Music 2 』収録。
Sunday Night
Title.
夜~深夜
Artist.
渡辺晏考 ほか 昭和初期の東京、下町のサウンドスケープを、1日の時間軸に沿って再現したアルバム。
朝、鳥の囀りの中、お寺の鐘の音が大気を漂い、やがて豆腐売り、あさり売りなど、物売りたちの歌うような売り声が聞こえてくる。昼は「ドン」の大砲、チンドン屋、市電の走る音、夕刻になると演芸場の寄席囃子、浪曲、都々逸。
夜の花街の音を収録した最後のトラック「夜~深夜」がなんとも艶があり、そしてもの悲しい。新内流しの三味線、「淡路島~、かよう千鳥の恋の辻うら~」と童歌のような旋律の呼び声で占紙を売る女、夜回りの拍子木、夜鳴きそばの喇叭、犬の遠吠え。しん、とした都会の夜。
あの時代の音世界が豊かで現代のそれが貧しいなどと、ノスタルジーに溺れたり優劣を論じるのはナンセンスだ。昭和恐慌、そして戦争が忍び寄るあの時代に、このような音を聞きながら、人々は日常を暮らしていた。大切な音のアーカイブである。
アルバム『日本の音風景』収録。
&Music / 土曜の朝と日曜の夜の音楽 Ⅱ
音楽好きの“選曲家”たちが月替わりで登場し、土曜の朝と日曜の夜に聴きたい曲を毎週それぞれ1曲ずつセレクトする人気連載をまとめた「&Music」シリーズの第2弾。 23人の選曲家が選んだ、週末を心地よく過ごすための音楽、全200曲。 本書のためだけにまとめた、収録作品のディスクガイド付き。
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作曲家、ピアニスト 岩村竜太
新潟市出身、東京都在住。24調24曲のピアノ小品集『Sunday Impression』『Monday Impression』、読書のBGM、”聞くために読む”『Reading to Hear』、雨音と音楽の境界を行き交う『Raining to Hear』、都市のノイズと音楽のコラージュ『CITY』、トイ楽器と生活騒音の共鳴『Symphony』など、常に音楽と音、その聴取のあり方を問いかける作品を発表してきた。