『ランチのアッコちゃん』『BUTTER』など、女心の機微を描き人々を魅了し続ける作家の柚木麻子さん。前編では、“強炭酸エナドリ短編集”と呼ばれ、読後の爽快感が話題を呼んでいる新刊『あいにくあんたのためじゃない』の裏側に迫る。
『あいにくあんたのためじゃない』という痛快な本のタイトルは、モーニング娘。’23の『Wake-up Call~目覚めるとき~』の歌詞から引用した。
「らしさの押し付けに対して『あいにくあんたのためじゃない』というところが、インターセクショナリティで世界発信できるメッセージだなと思って。また、“君”ではなく“あんた”というとところが泥臭くて大好きで、これを絶対にタイトルにしたいと思ったんです」
現在は、大好きなハロプロの歌を歌うため、ボイストレーニングに通い16ビートをきざむ特訓を受けているそう。「興味あることは、YouTuberみたいにとりあえず外に出て行ってやってみる」精神は、実体験として本作品にも散りばめられていた。
ラーメン作りで得たものは「嫌いな人の視点」
過去のブログが炎上中のラーメン評論家、夢を語るだけで行動には移せないフリーター、番組の降板がささやかれている落ち目の元アイドル…etc. 『あいにくあんたのためじゃない』は、行き詰まった日常を生きる登場人物たちが、6つの物語を通して描かれている。
特設サイトで全文が公開されている『めんや 評論家おことわり』は、とあるラーメン店を舞台に、ラーメン評論家の佐橋が主人公となって話が進んでいく。これは、柚木さん自身が、ラーメン作りをした経験が基になっているそう。
「きっかけはフェミニズム専門の出版社さんの雑誌『エトセトラ VOL.9』でした。女人禁制の文化について背景を探る特集で、私は“食”の担当でした。ちょうどその頃、ラーメン愛好家がセクハラや盗撮で炎上していて、ラーメンってみんな好きなものなのに、なぜホモソーシャル的な問題になるんだろう……と、疑問に思って。それでまずは一からラーメンを作ってみることにしました」
仕事そっちのけで4か月間(!)ラーメンを作り続けるほど、ハマってしまった柚木さん。今までも凝った料理を作ったこともあったが、ラーメンほど喜ばれたものはなかったという。
「ラーメンを振る舞うと、老若男女みんな大絶賛してくれたんです。そうなるともっと喜ばせたくなって、じゃあチャーシューも作るか、麺も打つかなんて、予算度外視してスープにお金をかけてみたり。万人に喜ばれることは、一種の麻薬なんですよね。子どもに『おばちゃんが作ったラーメン、おいしい!!』なんて言われると、アドレナリンがドバドバ出て中毒になってしまう。ラーメンにはそんな魔力があることを知りました」
ラーメン作りを始めて、柚木さんの心境にも変化があった。
「気がつくと、私自身が嫌っていた“腕組みするタイプのラーメン店主“そっくりのメンタリティーになっていたんです。うっかり、自分のスープ語りをしてしまう。人が残したスープを飲んで、何がいけなかったのか確かめてみたくなったり(笑)。『俺のスープは完璧なのに!』と、抑圧的になる人の気持ちが、痛いほどわかりました」
話題の新刊『あいにくあんたのためじゃない』(新潮社)
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自分のやり方に固執してしまうのは、怖いこと
嫌いだったタイプの人の気持ちを理解したことで、物事の解像度が上がった、と話す。本作品では柚木さんが苦手としてきたタイプの視点からの描写も多い。
「今まで自分の小説の中に、あまり好きじゃない人物は登場させなかったんです。“ひどい元カレに傷ついて”のように、1行だけで終わらせたりして。でも今回ラーメンを作ってみて、佐橋の気持ちや惨めさもわかるようになりました。男性社会で全く評価されない人が、ラーメンに詳しいだけで急にもてはやされたらこうなるだろうな、と。
佐橋も、若い女性やセクシャルマイノリティが自分の業界に入ってきて、いわゆるラーメン道でなく、広く受け入れられる場所になったら嫌だなっていう気持ちがあると思うんです。でも他所(よそ)から見ると、それってやっぱり加害的なんです。
万人に喜ばれる点では、お笑いも似ていると思います。お笑い界でもホモソーシャル的なことや性加害が問題になっていますが、先輩はこう遊んできて、自分のやり方で大人も子どもも笑っていて一体何がいけないんだ?と、思ってしまう。しかし見方を変えると、自分のやり方に固執してしまうのは怖いこと。私もそう思ったから、わかります」
落ち目の元アイドル・真木が、YouTubeで一躍話題となる女性を追う物語『スター誕生』。これも柚木さんが出会った“苦手な人物”の視点から描かれている。
「昔、『ビートたけしのTVタックル』という番組に田嶋陽子さんが出演していたのですが、ビートたけしさんの隣で田嶋さんがしっかりと批判していると、たけしさんがすごくニュートラルに見えてくる。私自身も、そうやって“レフ板”として呼ばれることが多いんです。『うちの番組で、思い切って毒舌でぶった切ってほしいんですよ』と出演のオファーのお電話をいただいたとき、『すっごい楽しみなので、ぜひ著作読んでみてください!』と言うと、100パーセントもう二度と電話はかかってきませんが(笑)」