『ランチのアッコちゃん』『BUTTER』など、女心の機微を描き人々を魅了し続ける作家の柚木麻子さん。前編では、“強炭酸エナドリ短編集”と呼ばれ、読後の爽快感が話題を呼んでいる新刊『あいにくあんたのためじゃない』の裏側に迫る。
作家にも貼り付けられる「いいお母さん」のラベル
“女らしさ”や“男らしさ”“母親らしさ”…etc. この短編集では他者から一方的にラベリングされ、心に傷を負う人の姿も描かれている。柚木さん自身、ラベルを貼られた経験があるのだろうか──?
「もちろんありますよ。よく取材の際に、『得意料理は何ですか?』とか、『育児をしていて一番うれしいことは何ですか?』という質問をいただくんです。『正直、やっぱりチェーン店でお酒飲んでいる時ですかね』なんて言うと、『もうちょっとお子さんの話を入れてほしい』と、どんどん話が修正されていってしまって……(笑)“この人はぶっ飛んでいる部分はあるし、作家という少し変わった職業についているけど、結局お母さんっていい人なんだよ”というゴールがあらかじめ用意されているように感じてしまうんです」
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場所が変われば、その悩みは消えるかもしれない
さらに、作家として長年抱えてきた“悩み”を明かしてくれた。
「作家としてデビューして14年たつのですが、私はずっと女友達の話を描きたいと思ってきました。ところがリアルに書くと、『女同士ってめちゃめちゃ怖い』と言われてしまう。どうすれば『女って怖い』と言われなくなるのか……。ずっと悩んできたんですよ」
女は怖いと言われないために、「ちょっとおいしいもの足してみようか?」「切なさを足してみようか?」と朝から晩まで考え、試行錯誤して作品に挑んできたそう。ところが、その悩みは思わぬ場所で消え去った。
「『BUTTER』がイギリスやアメリカ、ドイツで出版されたのですが、どの記事を見ても『女の怖さ』的なフレーズは見当たりませんでした。また『柚木さんは、普段ご家庭でどんなごはんを作っているんですか?』という質問も受けませんでした。帯には“フェミニストとマーガリンが嫌いなの”と書かれていたんです。ものすごくクールだなと思ったら、私の作品のセリフで。向こうではフェミニズムってクールなものであって、お伺いを立てて、いい感じにやらなきゃいけないことでは全然ない。それが目からうろこだったんです。
この国に居たら、10年間もこんなに試行錯誤していなかったかもしれないな、と思いました。もしかしたら今ごろ、とっくに友情から羽ばたいてSFを書いていたかもしれない(笑)」