人材は「企業が育てていくもの」なのか、それとも「自分で育っていくもの」なのか――。ある調査では前者の「人材は自分で育っていくものだ」と答えた人が52.5%と過半数を占めたという。
ただし、全体に占める割合で見ると、「どちらかというと企業が育てていくもの」の31.2%が多数派で、「断然自分で成長していくもの」と強く主張する人は10.3%と多くない。バランスの違いはあるものの、「自力」「他力」の両方の要素を必要とする人が多いようだ。
会社は学ぶための場所ではない
この結果は、パーソルキャリアの「Job総研」が516人の社会人男女を対象に「人材育成の意識」について調査したものだ。
人材育成の意識の違いを年代別に見ると、20代では「企業が育てていくもの」という答えが57.2%と多数派を占めているが、30代では45.1%、40代では37.4%と、年代が上になるほど減る傾向にある。
若いうちは人材育成について企業頼みの考え方をしがちだが、年齢を重ねるにつれて「人材は自分で育たなければならない」という自覚が芽生え、その延長線上で「企業が育てるべきなんて甘い」と考える人が増えるのかもしれない。
「自身の成長を企業の成長につなげたいか」という質問には、「とてもつなげたい」「つなげたい」「どちらかというとつなげたい」が合わせて77.9%にものぼった。自分の成長を目指すことで、ひいては企業の成長にも貢献したいということだ。
しかし、ネットにはこの考えを否定、もしくは反対する言葉も目につく。たとえば、現在GA technologiesで執行役員CCOを務める川村佳央氏は、ONE CAREERの2020年の対談記事で「会社は学ぶための場所ではありませんし、社員は会社から給料をもらうのですから、それ相応の価値を会社に提供しなければなりません。つまり、会社があなたを成長させるのではなく、あなたが会社を成長させなければいけないわけです」としている。
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「人材の価値を引き出すことで、企業価値の向上につなげようとしている」
川村氏と同じ考え方は、DeNA創業者で代表取締役会長の南場智子氏の著書「不格好経営」(日経BPマーケティング刊)の中にも見られる。
「給料をとりながらプロとして職場についた以上、自分の成長に意識を集中するのではなく、仕事と向き合ってほしい。それが社会人の責任だ。そして皮肉にも、自分の成長だへちまだなどという余裕がなくなるくらい必死になって仕事と相撲をとっている社員ほど、結果が出せる人材へと、驚くようなスピードで成長するのである」
しかし都内の大手企業の人事部に務めるAさんは「人材は企業が育成するもの」という方向に考え方の大勢が変わりつつあるという。
「きっかけは、経産省の研究会が2020年に『持続的な企業価値向上と人的資本に関する研究会』を公表し、『人的資本経営』という概念を打ち出したことです。人材を『資本』として捉え、その価値を最大限に引き出すことで、中長期的な企業価値の向上につなげる経営のあり方のことで、2022年からは東証プライム企業に『人的資本情報開示』が義務化されています」
いうまでもなく「人材」は、以前から経営資源のひとつだった。それが、少子高齢化による労働力減少や、技術革新およびグローバル競争の激化を背景に、企業がイノベーションを生み出すために、人はより重要な資本であると認識されるようになったという。
「人材同士を競争させて勝者だけをよりわけ、敗者を使い捨てすることで企業が前進していくやり方は人手不足の時代にはできません。雇用した人材の質を高め、能力を最大限に発揮できる環境を整えることは、企業の社会的責務になっているといえます」
Aさんは、少なくとも大手企業の一部においては、個の自律を促しつつも、「会社があなたを成長させる」という方向にパラダイムチェンジしていると言っても過言ではない、と指摘する。