カカオの個性と “日本の面白さ”に向き合って

しかし、いくらチョコレートが“理論的なステップを経れば美味しく作れる”といっても、実際に美味しく、多くの人に愛される商品を作るのは至難の業。ライバルの多いスイーツ業界で売れるチョコの秘密は、一体どこにあるのでしょうか。

「野口によく教えられていたのは、『カカオとちゃんと向き合え』ってことですね。『お前が“人と人がもっと向き合えるように”って話していたのと同じだ』と言われました。

すべてのチョコレートを同じ温度で溶かして同じ温度で成形すればきれいに仕上がるかというと、そうではないんですよね。結局はカカオも生き物なので、“このチョコは50度だけど、このチョコは52度”みたいにそれぞれの癖や個性をとらえながら、細かく調整しています」


日本の素材を使った「ディスカバリー・ジャパン」シリーズのテリーヌ2種

2021年オープンの「QUON chocolate パウダーラボ」も、チョコレートの美味しさを支える場所。チョコレートのフレーバーとして使う茶葉や果実を加工する工房です。

重度障がい者も活躍できる職場として立ち上げたこの工房で、彼らが取り組むのは“作る”ではなく“壊す”仕事。日本の素材の良さをさらに引き出し、“壊す”ことが立派なもの作りとして貢献してくれていると、夏目さんは話します。

「うちのテリーヌに使うお茶の粉は、パウダーラボで石臼を使ってスタッフ一人一人の手によって挽いています。かつては機械で粉砕していたのですが、手作業で丁寧に挽くことで素材の旨味を壊さず、まろやかな風味を残せるんです。

また、パウダーラボができたことで、厳選した小ロットの素材も使えるようになりました。以前は素材の粉砕は外注していたため、小ロットの素材は受け付けてもらえず、異なる産地同士の素材も混ぜざるをえませんでした。

今は、少ロットの素材でもスタッフが別々に挽いてくれるので、全国各地で見つけた素材を“○○産ほうじ茶”“◎◎産いちご”というふうに個別表記できます。

それに、機械挽きだとお茶の葉の30%ほどにあたる硬い茎の部分は捨てられてしまっていたのですが、手作業なら100%挽けるように。ムダがなくなり、茎の栄養も丸ごととれるようになりました。手作業は非効率なようでいて、うちの会社ならではの強みになっているんです。

日本って面白いしいろんな魅力的な食べ物があるのに、みんなまだまだそれに気づいていない気がするんです。日本人が気づいていない日本の面白さを、チョコレートを通して伝えていきたいですね」

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“単純な考え”を広めたい。上場で社会にインパクトを

インタビューの最後に聞いたのは、久遠チョコレートの今後の展望。夏目代表からは、上場への思いとその背景も語られました。

「うまくいかないことや得手不得手を『いいんじゃない?』と許せるかが重要なのだと思います。きれいごとばかりではやっていけないし、現場でも日々いろいろな課題が生じるけれど、ちゃんともがいていくことを大切にしています。

上場を目指しているのは、もっと単純な考えを世の中に広めたいからです。誰もが“1+1は?”と聞かれたら“2”と答えるはずなのに、難しい方程式を入れることで、“障がいがあるから1+1=1.4”みたいに0.6欠けてしまうのはおかしいですよね。

障がいがどうこうとか関係なく、“働けばちゃんとお金がもらえる”シンプルな世の中になってほしいんですよね。ブランドの上場によって、 “いろんな人が働くことも、いろんな人が稼ぐこともできるんだ”と社会にインパクトを与えたいです」

障がいの有無を特別に考えず、ただひたすら素材や製法を追求し、良さを活かして美味しい味わいを実現している久遠チョコレート。最後までこちらの話に何度もうなずき、言葉を拾いながら答える夏目さんの姿から、目の前の人に真摯に向き合う大切さを改めて学びました。

夏目浩次
久遠チョコレート代表

1977年、愛知県豊橋市生まれ。大学・大学院でバリアフリー都市計画を学ぶ。2003年、豊橋市において、障がい者雇用と低賃金からの脱却を目指すパン工房を開業。より多くの雇用を生み出すため2014年、久遠チョコレートを立ち上げ、わずか10年で60拠点に拡大。第2回ジャパンSDG’sアワードにて、内閣官房長官賞を受賞。著書に『温めれば、何度だってやり直せる チョコレートが変える「働く」と「稼ぐ」の未来』(講談社)がある。

三月

ウフ。編集スタッフ

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カスタードとお固めのパンが特に好きな148cm。ライター出身、ワクワクしながらメディアを作ってます。毎日おいしいものに出会えて幸せです。