契約時よりも、円安が進んでいれば為替の差益を受け取れる可能性が高い「米ドル建て一時払保険」。昨今の円安により、当初の予定より早く目標値に到達し、新しい商品に乗り換えを勧められているというケースが増えているようです。しかし、今後の為替の動きは誰にもわからず、乗り換えには当然リスクも伴います。本記事ではAさんの事例とともに、ドル建て金融商品のリスクについて、CFPの伊藤貴徳氏が解説します。

ドル建て商品の乗り換えを提案された67歳・年金生活の男性

「5年前にご契約いただきました外貨建ての一時払保険が目標到達となりました」

そう電話で伝えられたのはAさん(67歳男性)。定年退職を控えていた62歳のときに、将来の準備に、と外貨建ての一時払い保険を契約したのでした。

Aさんが契約したのは、「米ドル建て一時払保険」というもので、一度にまとまったお金を預け、米ドル建で10年間置いておくことで定められた利率で運用されるというものです。

加えて、契約時に目標値を設定することができました。目標値を超えて為替が円安になった場合、満期の10年を待たずに早期に増えて帰ってくるという内容のものでした。

〈契約内容〉

・米ドル建て一時払保険

・保険期間:10年

・積立利率:2%

・保険料:約9万2,500ドル(為替レート108円としておよそ1,000万円)

・10年後のドルベースの解約返戻率:125%

・途中で円安となった場合の早期償還の目標値:130%

→為替が円安となり目標到達し、10年を待たずにおよそ1,300万円となって戻ってきた

「契約いただいた当初と比べて、為替が円安になったので、10年かけてこの水準まで増えるところが5年で達成しました。Aさん、よかったですね」

そう話すのはAさんの保険を担当する営業パーソン。Aさんがこの保険の資料請求をしてからの付き合いです。

「今回目標到達となり、お預けいただいた約1,000万円がこちらの金額となりました。Aさんはこの保険を将来の生活資金準備のためとおっしゃっていましたが、こちらはすぐお使いになりますか?」

「いや、この保険はもう少し先のために準備したものだから、いますぐには必要ないよ。いまは退職金があるし、年金で220万円もらえているからなんとかやれているしね」

「でしたら、このお金をもう一度保険に充てませんか? いまは金利がとても上がっていて、前回の条件よりも増える可能性は上がりますよ!」

〈提案された保険〉

・米ドル建て一時払保険

・保険期間:10年

・積立利率:約5%

・目標値:160%

・保険料:約8万1,250ドル(為替レート160円としておよそ1,300万円)

・10年後のドルベースの解約返戻率:150%

「はじめにご契約いただいたときよりもアメリカの金利が上がっていることもあり、いまの積立利率は5%近くにまで上昇しています。これは10年後にはドルベースで1.5倍になる計算です。さらに、今後円安が続くようなら前回のように目標到達もできるかもしれませんよ」

Aさんは、当初加入した保険が目標到達となり内心、喜びを隠せないでいました。「日本円で運用するよりも利率が高く、かつこれから為替は円安に向かっていくだろう」という自分の読みが当たったことが嬉しかったのです。

「5年も早く増えて返ってきて、しかもいまは高金利。これはやるしかない」と提案を即答し契約することにしました。

しかし数日が経ち、Aさんは大きく後悔することになります。毎日為替の相場が気になって気になって仕方がないのです。「せっかく資産を増やすことができたのに、もし損することになったら……」そんな気持ちで分刻みで為替をチェックしています。

最初の契約のときには「まあ増えたら儲け、増えなくてもあまりこのお金のことは考えずに置いておけばいいか」と気楽に始めました。しかし、いまでは実際に年金生活が始まり、近ごろでは老後資金が4,000万円必要などという話題もありました。いつまで自分が生きるかわからない老後の生活は不安がいっぱいなのです。

さらに、一度増えたものは今後も減らしたくない、損したくない、という気持ちが先立ち、どうしても預けているお金を気にしすぎてしまうのです。「気楽な老後のはずが、こんなに相場のことばかり気にしてしまうようになるのだったら、増えたことが確定したままあのときにやめておいて、やらなければよかった」とAさんは嘆きます。

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外貨建て一時払保険が問題視されている?

金融庁は、保険会社をはじめとした金融機関へ、外貨建て一時払保険の販売に対して改善を求めています。

「リスク性金融商品の販売会社等による顧客本意の業務運営に関するモニタリング結果」によると、外貨建て一時払保険購入後4年間で約6割の解約等が発生しており、契約継続期間が短期化しています。

また、ターゲット型保険のほとんどが目標値に到達すると解約され、同時に同一商品を同一顧客に販売する事例が多数発生していると指摘しています。

つまり、今回のAさんのように、昨今の円安により当初の期間より早く目標到達となったことで解約を行い、新しい商品に乗り換えを勧められているという事例が増えているのです。

契約者からしたら、自分が契約した商品が思った以上の成績を出したことは喜ばしいことです。「これまでよかったのだから、次の商品のきっとよいものに違いない」と思ってしまう気持ちはわかります。

ただし、下記のことは認識しておく必要があります。

為替は数年前と比べて円安となっているが、将来の為替の動きは読めない

ここ数年で為替は円安に振れました。Aさんを例にすると、初回のドル建て一時払保険を契約したときは1ドル108円という水準でしたが、5年間で1ドル160円と、50円近くも円安が進行したのです。契約時よりも、円安が進んでいれば解約時には為替の差益を受け取ることができ有利となります。

しかし、今後の為替の動きは誰にもわかりません。

今回のAさんの保険のように、10年後はドルベースで約150%の増加が約束されている商品でさえ、仮に円高が進行して108円の水準に戻ってしまった場合、円に戻したときに利益はほどんどなくなってしまいます。

■1,300万円を160円でドル換算すると8万1,250ドル

→10年後にはおよそ1.5倍の12万1,875ドルとなる

→12万1,875ドルを1ドル108円で円換算すると1,316万2,500円

現在の1ドル150〜160円という水準は、2022年ごろから急激に進行している背景もあり、今後の動きを慎重に見る必要があります。

乗り換えの度に手数料が発生している

「同一商品を同一顧客に販売する、いわゆる乗換販売によって販売手数料等が二重に発生することを考慮すると、顧客にとって経済合理性があるとは言えない」と金融庁は指摘しています。

このような手数料は運用益などに組み込まれ利益の押し下げの要因となっていることにも注意が必要です。