SOLIT・田中美咲さんが目指す「オール・インクルーシブな社会」

皆さんは「インクルーシブ・デザイン」という言葉をご存知ですか?

インクルーシブ・デザインとは、年齢や性別、障害の有無、生まれ育った環境、信仰などを理由に、従来の商品やサービスの対象から置き去りにされがちな多様な人々が豊かな暮らしを送るために、デザインプロセスの上流工程(企画、市場分析、要件定義、設計)から開発を進める手法のことを言います。

今回ご紹介する「SOLIT」(外部リンク)は、そのさらに上流の工程から開発を進める「オール・インクルーシブ・デザイン」を謳ったファッションブランド。多様な人だけでなく、地球環境にも配慮した、「誰もどれも取り残さないオール・インクルーシブな社会の実現」をスローガンに、持続可能なファッションづくりに取り組んでいます。

そして2024年4月23日、多様性の豊かな都市バンクーバー(カナダ)で開催された「バンクーバー・ファッション・ウィーク(VFW)」のランウェイ(外部リンク)に登場。さまざまなバックグラウンドを持つモデルたちと共に挑んだ大舞台は、多くの反響を呼びました。

インタビューでは、SOLITがミッションに掲げる「オール・インクルーシブな社会の実現」に向けた取り組みと共に、これからのファッション業界やビジネスの在り方などについて、代表の田中美咲(たなか・みさき)さんに伺いました。

田中さんは東日本大震災をきっかけに「防災があたりまえの世の中をつくる」をビジョンに掲げ「防災ガール」を設立し、2020年まで防災の啓発活動を行ってきました。また、2018年には社会課題解決に特化したPR会社「morning after cutting my hair」(外部リンク)を設立し、社会起業家として世の中にあるさまざまな課題と向き合い、解決に向けて取り組み続けています。

多様な人との対話から生まれた、みんなの着たい!を叶えるデザイン

――「防災ガール」をはじめ、さまざまな活動をされてきた田中さんですが、いつ頃から「社会に役立つ仕事がしたい」と思われてきたのでしょうか?

田中さん(以下、敬称略):小学生の頃、最初になりたいと思った職業が、児童福祉司(※)なんです。

私自身が受益者だったわけでも、周りの友人に難しい家庭環境の子どもがいたわけでもなかったのですが、テレビで見たドラマをきっかけに、同じ時代を生きているのに自分とは全く違う環境で育つ子どもたちがいることを知りました。

そして、その子どもたちを助けられる「児童福祉司」という仕事があることを知り、私もやってみたいと思いました。この頃から少しずつ社会課題の解決に携わりたいと思うようになりました。


子どもの保護や福祉に関する保護者などからの相談に応じ、抱えている問題の解決をサポートする仕事


子どもの頃から、誰かの役に立つ仕事に就くことを考えていたという田中美咲さん

――早い段階から意識されていたのですね。では、改めてSOLITを立ち上げた背景について教えてください。

田中:きっかけは、資本主義社会の中でいかに社会課題を解決しうるのかを学び直すために入った大学院で出された「自分が偏愛するものを考える」という課題でした。

ちょうど「防災ガール」を解散したタイミングで、完全にゼロの状態。次に自分がやりたいことは何だろう…と好きなものの写真を切り取って集めていた中に、洋服や、おばあちゃんが子どもをハグしている写真がありました。それを見たときに、自分の中に「もっと豊かに“着る”ことを楽しみたい」という気持ちがあることに気づいたんです。

その話をクラスメイトたちにしたところ、「手にまひがあって、着たい服が着られない」「信仰上、着られない服がある」など、ファッションの選択肢が制限されている人がいることを知りました。思い起こしてみれば、私自身も幼い頃から、プラスサイズ体型であることを理由に着たい服が着られなかった経験がありました。

子どもの頃は「目の前にある選択肢から選ぶしかない」と思い込んでいましたが、大人になるにつれて、その背景には産業構造や、とにかくたくさん売れるものを作ろうという企業の仕組みなど、さまざまな問題があることが分かり、これは解決しなければと強く感じたんです。

――SOLITのプロダクトは、豊富なサイズ展開に加え、ボタンや袖の幅、丈など自由にカスタマイズできる点が最大の特徴です。こうしたデザインはどのようにして生まれたのでしょうか?

田中:私たちは経営も製品開発についても、全て「インクルーシブデザイン」の手法を取り入れていて、企画段階から多様なメンバーとアイデアを出し合いながら製品開発に取り組んでいます。

ファッションに課題を感じているメンバーの「既存のS、M、Lというサイズ展開では着られない」という声から「14サイズ展開にすればいいのでは」というアイデアが生まれ、さらに「単にサイズが上下しただけでは着られない」という声から「部位ごとに自分で選択できたらいいよね」と、右袖、左袖のそれぞれのサイズ・長さを別々に設定ができたり、ボタンが選べたりとカスタマイズ性の高いデザインにたどり着きました。

ただ、完全オーダーメイド制にすると単価が高くなり過ぎてしまいますよね。そこで、工場のメンバーとも調整をしながら、「ずっと大切に着続けたい」と思える金額、ちょっと頑張れば手が届くような価格設定にも配慮しました。


ブランドとして初めて手掛けた商品はジャケット。多様な人々へのヒアリングを経て、カスタマイズ性の高いアイテムを考案した。写真提供:SOLIT株式会社

――SOLITの“多様なメンバー”の中には、具体的にどのような方がいらっしゃるのでしょうか? また、ものづくりにおいて大切にされていることはありますか?

田中:車いすユーザーなど目に見える障害がある人や、精神障害など見えない障害がある人もいますし、さらに年齢やスキル、体型、生活環境や文化的背景、コミュニケーション方法、信仰もセクシュアリティも本当にさまざまで、各々の強みを出し合いながらものづくりをしています。

でも100パーセント誰かの心に届くものを作ることは難しいと感じていて、常に「いつかごみを作ってしまったかもしれない」というジレンマも付きまといます。このジレンマを忘れずに持ち続けること、その中でも一つ一つ意思決定をしていく過程を大切にしています。


SOLITでは、課題当事者の意見を取り入れながらデザインの開発を行っている。写真提供:SOLIT株式会社

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「必要な人に・必要なものを・必要な分だけ」届ける

――地球環境や人権に配慮したものづくりにもつながりますね。

田中:欲しいものがいつでも買える状況は、大量生産・大量消費・大量廃棄を加速させることにつながるのではと感じています。

そのため、私たちはあえて実店舗を持たず、完全受注生産で、お届けまでに45日程度の時間をいただいています。これによって品質を下げずにコストダウンができるというメリットもあります。

ただ最近、SOLITの商品が大手フリマサイトで売られているのを発見してしまいました。その時、私たちの作ったものが多くの方に届いて、その人たちの何らかの課題を解決できたとしても、短い期間で手元を離れてしまうなら地球環境にとってはどうなのだろうと、ジレンマを抱えてしまったんです。

例え人間の課題が解決できたとしても、地球環境が置き去りになってしまうのは、やはり違うと……。

だから、今後は不定期・期間限定販売に切り替え、どうしても欲しい・必要だと思ってもらえるものを作ると同時に、もっと長く大切に使ってもらえる環境をつくりたいと考えています。

――改めて、SOLITが掲げる「オール・インクルーシブ」について教えてください

田中:ダイバーシティ(多様性)について語られるとき、人類の多様性は大切にされるけれど、そのほかの生物の多様性や地球環境についてはなおざりにされることが多いのが現状です。また日本では、障害者や高齢者、女性の活躍は大きく取り上げられますが、人種差別や宗教に関する問題、移民や難民にまつわる問題にはほとんど触れられません。

一方、サステナビリティについて語られる場では、地球環境のことばかりに焦点が当てられ、それによって多様な人々が生きやすくなるのか、ということについてはあまり語られませんよね。

「自分たちが解決したい課題」を解決することで、別の新たな課題が生まれていることもある。それを無視してはいけないと思うんです。

私たちが目指しているオール・インクルーシブは、多様な人にも、動植物にも、地球環境にも配慮した「誰も、どれも、取り残さない」社会のこと。お金を稼ぐことが目的ではないので、倫理的におかしな点は指摘し、枠にとらわれず手を取り合う仕組みをつくる役割を担いたいと考えています。

それから、自社で培ったものや学んできた経験を活かして、他の企業の「ダイバーシティ&インクルージョン推進」や「新しい事業・サービスの開発」のお手伝いもできればと思っています。

――実際にSOLITの衣服を着た方からは、どんな反響がありましたか?

田中:印象に残っているお客さまの中に、「人生で初めてジャケットを着ることができた」と涙を流した男性の方がいらっしゃいます。この方は娘さんと会うのにおしゃれがしたいと思いながらも、これまでパジャマのような服しか着たことがなかったそうなんです。

「衣服は第二の皮膚である」ともいわれているように、着ることで勇気が出たり、気持ちがグッと上がったりすることってたくさんあると思うんですね。今まで自分を否定しがちだった人や、悲しい気持ちを抱えて生きてきた人の心や人生が、服によって豊かになる。これこそファッションが持つパワーだと感じています。