地方公共団体の首長による職員らへの「ハラスメント」等の不祥事が報道され、話題になっている。首長自身がハラスメントの事実を認め、辞職に至るケースがある一方で、首長が自発的に辞職せず「居座る」場合、地方行政が混乱する可能性がある。
そのような場合、住民がとりうる有効な手だてはあるのか。国会議員秘書と市議会議員の経歴がある三葛敦志弁護士に聞いた。
首長を直接辞めさせる「リコール」の制度はあるが…
地方自治法では、住民が首長の「解職」を求めることができる「リコール」制度が定められている(地方自治法13条2項・81条・83条)。
自治体の有権者のうち一定数の署名を集めれば選挙管理委員会に住民投票(解職投票)を請求することができ、その解職投票で有効投票総数の過半数が賛成すれば、首長は解職となる。
このリコールの制度は、地方公共団体特有の制度であり、首相や国務大臣、国会議員等に対しては認められていない。なぜ、地方公共団体の住民にはこのような、いざというときに首長を辞めさせることができるという強力な権限が与えられているのか。
三葛弁護士:「地方公共団体の長のリコールは、憲法の『地方自治』に関する定めを根拠とするものです(憲法92条~95条)。
国政が国全体の課題を扱うのに対し、地方公共団体の場合はその地域で生活する住民の生活に密着した課題を扱います。したがって、憲法上、そのような課題については住民自身に決めさせるのが望ましいという考え方がとられています。これを『住民自治』と言います。
そのあらわれとして、地方自治は国政よりも身近なところにあるべきだという発想の下に、リコールの制度が設けられていると言えます。
なお、国会議員についてはリコールのような制度が憲法上認められていません。その理由はいくつか考えられますが、自治体と対比すると次の3つが挙げられます。
第一に、リコールをするにも有権者数が多くなりすぎます。第二に、国会議員は「全国民の代表」なのに、その議員の選挙区だけで決めていいのかという問題があります。第三に、議院内閣制の下、国会議員の場合は党派性を帯びやすくなり、反対派の追い落としに使われるおそれがあります。
あくまでも地方公共団体においては、住民の生活に密着した共通の課題を解決するという住民自治の見地から、リコールの制度が認められているということです」
しかし、そうはいっても、実際に解職投票が実施されるまでのハードルは高い。すなわち、解職投票を要求するために必要な署名数は、自治体の有権者の総数に応じて以下のように決まっている(地方自治法81条1項)。
【自治体の有権者数ごとの署名数要件(有権者総数=Xとする)】
①X=40万人以下:X×3分の1
②X=40万人超~80万人以下:40万人×3分の1+(X-40万人)×6分の1
③X=80万人超:40万人×3分の1+40万人×6分の1+(X-80万人)×8分の1
つまり、解職投票を求めるには、有権者総数30万人の場合は10万筆以上、有権者総数100万人の場合は22万5000筆以上の署名を集めなければならないことになる。
なぜ、首長のリコールにはこのように厳格な要件が設けられているのか。
三葛弁護士:「要件をある程度厳しくしておかないと、多数派が気に食わない人を辞めさせることが容易になります。
多数派がリコールの制度に乗っかることで、『あいつを懲らしめてやろう、辞めさせてやろう』ということにより反対派・少数派の抑圧に結び付くおそれがあり、健全な地方自治にとってきわめて危険なことになります。それは住民自治の観点からあってはならないことです。
なお、40万人を超えると要件が緩和されていきます。これは、人口が多くなるほど署名を集めることが困難になっていくからです」
首長が住民投票で解職された事例(2000年代・事由不問。弁護士JP編集部調べ)
議員にはたらきかけて「不信任の議決」をさせるのも困難
首長を辞めさせるには、リコールの制度の他にも、その地方公共団体の議会の議員を通じて首長に対する「不信任の議決」を行うようはたらきかける方法が考えられる。
すなわち、地方公共団体の議会には、首長に対する不信任の議決を行う権限がある。不信任の議決が行われた場合、首長は、辞職するか、議会を解散するかを選択しなければならない。
不祥事を起こした首長にとっては、もし議会を解散したとしても、再度議員の選挙が行われ、反対派が多数を占めることが想定されるので、事実上、辞職を選ばざるをえない。
ただし、この不信任の議決の要件も厳しい。総議員の3分の2以上が出席の上、出席議員の4分の3以上の賛成が要求されている(地方自治法第178条第3項)。
三葛弁護士:「首長がよほどの不祥事を起こしたとしても、4分の3以上(総議員の2分の1以上)の議決がなければ辞めさせられないしくみです。
裏を返せば『絶対この首長の味方をする』という議員が4分の1より1人でも多ければ、不信任案は通らないということです。中間派もいたりするので、実際にはせめぎ合いになります。
不信任の議決に厳しい要件が設けられているのは、ここでも、要件が緩やかだと党派性を帯びやすくなるからです。
住民の直接選挙により選ばれた首長を、議会の多数派が、気に入らないからといって簡単に辞めさせることができるようになってしまうのは、混乱を招きかねません。
なお、議員の立場としても、不信任の議決は避けたいという思惑があります。もしも首長が議会を解散すれば、次の選挙で自分が落選するリスクが生じます。何より選挙となるとお金がかかりますし、自分も支援者も大変な思いをします。
選挙が4年に1回だということを前提に人生設計をしている議員も少なくありません」
7月の東京都知事選は有権者の関心を呼んでいる(Masa/PIXTA)
結局、住民がとりうる「最も現実的で有効な方法」は?
このように、住民の立場としてリコール(解職請求)の運動を行うにも、議会の議員にはたらきかけて不信任の議決をさせるにも、きわめて厳格な要件が設けられているうえ、実際上はハードルが高い。
そして、そのことは、多数派による反対派への抑圧に悪用されるリスクを考慮する限り、やむを得ない制約と考えざるを得ない。
しかし他方で、大きな問題を抱える首長が在職し続けることによるリスクも看過できない。住民の立場として有効な手だてはないのか。
三葛弁護士は、住民の立場として、議員にはたらきかけること、リコール運動を行うことは、実現のハードルが高くても、事実上は有効な手段となりうるという。
三葛弁護士:「特に、議員を通じてはたらきかけることの意味は十分あります。
市議会議員を務めた経験の肌感覚として、議会に首長の味方となる議員が4分の1より少ないというのは、相当に切羽詰まって厳しい状況です。
首長は予算を通すにも、議員の過半数の賛成を得なければならず、味方が少ないことは地方公共団体の運営が不安定になる一つの要素です。
味方が議会の4分の1を割っている状況で、かつ有権者も納得する理由付けがあり(そこはマスメディアの役割でしょう)、議会の側から首長に対して『このままだといずれ不信任案も可決されるようになるよ。あなたもうアカンよ』と最後通牒を突き付けられた場合、たいていは自ら身を引きます。
議会による不信任の議決はいわば『伝家の宝刀』です。抜かなくても、その可能性が十分あるとちらつかせることは重大な威力を発揮します。
リコール運動についても、同じことが言えると思います。また、リコールについては、住民は首長の解職請求だけでなく、議会の解散請求もできます(地方自治法76条、78条)。
首長も議員も、大多数の住民を敵に回したら最後の最後にはリコールされるのであり、そこには常に緊張感があります」