“五輪銀メダリストから教員”へ転身例も…門戸広げた「特別免許」思うように普及しない残念な理由とは

文部科学省(文科省)は都道府県教育委員会等に「特別免許状」の新指針を通知(5月8日)した。新指針では、自身の専門分野と同程度の専門性を教科全体に渡って有する者でなくとも授与できることなどを明確にしており、積極的な活用を促すのがその目的だ。

特別免許状は高い専門知識を持つ社会人に、教科を限定した免許を与える制度。例えばトップアスリートが保健体育を、理系の博士号を持つ人材が理科の授業を受け持つことなどが想定されている。

文科省が明かす、特別免許普及のための指針変更の理由

制度自体は、1988年の教育職員免許法の改正時から存在する。そうした中で、今回の指針変更およびその通知について、文科省の総合教育政策局教育人材政策課教員免許・研修企画室法規係担当者は次のように説明した。

「特別免許状は、あくまで普通免許状を所有する者とは異なった知識経験等を評価し授与するために設けられた免許状。にもかかわらず、その授与の前段階において、指導方法・指導技術等に関して普通免許状との同等性を過度に重視してしまっている例や、その趣旨を十分に理解できていない例などが見受けられること等を踏まえ、都道府県教育委員会による特別免許状のさらなる積極的な授与に資するよう指針を改訂しました」

要は、教科の狭い範囲での専門性だけでは幅広い教科の内容を児童生徒に対して指導することは難しいという認識の偏りが教育現場に漂っており、制度が使いづらいと考えられていたということだ。

例えば普通免許状の取得には、教科および教職に関する科目に加え、教育職員免許法施行規則(第66条の6)に定める科目に関する単位を取得する必要がある。特別免許状ではこうしたプロセスが免除されるが、その事に対する現場での不公平感がある、あるいは取得者自身が負い目に感じてしまうことなどが、積極活用を妨げていると考えられる。

新しい指針では授与の前段階で指導方法・技術等に関し、「普通免許状と同等であることを過度に重視すべきでない」旨を明記。併せて、「社会的信望や教員の職務遂行に必要な熱意と識見が必要である」ことも改めて示し、授与候補者が活用しやすい枠組みであることを強調している。

文科省がここまで教育現場へ多様な人材を送り込むことに力を入れる背景には、社会に開かれた教育課程を実現し、教職員集団の多様性を高めるためには、教師一人ひとりの専門性を高めることに加え、多様な専門性や背景を持つ人材を学校組織の中に積極的に取り込んでいくことが必要であると提言されたためだ。児童生徒の好奇心や意欲を刺激し、学ぶ喜びを実感させるためには”ホンモノ”の知見が必要というわけだ。

オリンピアンからの転身事例も

数としてはまだ少数派だが、特別免許制度を活用し、オリンピック人材が教職現場に転身した事例がある。京都市の中学校で教鞭(きょうべん)をとる田本博子氏だ。2000年のシドニー五輪ソフトボールの日本代表として銀メダルを獲得した同氏は、2011年に特別免許状を取得し、13年目を迎えた現在も保健体育の教員として教壇に立っている。

京都市では他にも教員免許を持たない人や取得見込みのない人にも門戸を開放し、特に医療的ケア(自立活動)の分野で、看護師免許や重症心身障害児の臨床経験3年以上の人を対象に、受験資格を与えている。

日本最大の教員数を誇る東京都教育委員会のこれまでの特別免許状の授与件数は、704件。「外国語指導助手(ALT)等、何らかの形で教科指導の補助を行っていた経歴の方が非常に多い状況です」と同委員会は明かし、偏りはあるものの専門人材を一定数確保できているという。

また、長野県は令和7年度の公立学校教員募集の受験資格として、博士号取得者が対象の選考においては、選考後に特別免許状を取得する必要があるとしながら、普通免許状の保有を条件としない柔軟な運用で、教員免許を持たない専門人材にも採用の敷居を下げている。

教員免許を巡る動きの裏になにがあるのか

教員免許を巡っては、「教育公務員特例法及び教育職員免許法の一部を改正する法律」(令和4年法律第40号)が施行され、それまで10年ごとだった更新手続きが2022年7月1日から発展的に解消され、無期限となった。その理由のひとつには、更新講習の受講に伴う教員の負担軽減もあるとされる。

こうした動きや特別免許状の活用促進の動きを踏まえると、教育現場における人材不足が色濃い印象だ。文科省は、「多様な専門性を有する質の高い教職員集団の形成を図るうえで、特別免許状の授与総数が増加することは望ましいと考えるが、あくまでその目的を達成するための手段のひとつ」とし、特別免許の取得数に数値目標は掲げていないが、新しい風をもたらす人材からの多数の応募を渇望している。

学問やスポーツなどの専門分野で蓄積した知見や経験は、児童生徒にとって他に代えがたい生の教材だ。それを実際に体験した人の指導を受けられるとなれば、そのプラスの影響は計り知れない。

多様な分野から教員への道がひられれば、教職の魅力向上にもつながる。その門戸が大きく開かれたいま、閉塞(へいそく)する教育界に、新風を吹き込む異能がどれだけ流れ込んでいくのか注目される。