日本人にとって身近な食材である魚。新鮮な生魚を使用した寿司は、今や多くの外国人が口にするほどメジャーな食べ物となり、世界的にも健康的な食材としてニーズが高まりつつあります。
一方、日本では漁師をはじめ、水産業に携わる人の数がどんどん減少しています。
2019年の漁業就業者は14万4,740人と前年度より4.6パーセント減少。漁業の担い手不足は深刻化しつつある。引用:水産業の就業者をめぐる動向:水産庁(外部リンク)
水産業が抱える問題はこれだけではありません。カナダの海洋生物学研究グループが2006年にアメリカの科学専門誌で「地球温暖化や海洋汚染の影響によって、2048年に海から食用魚がいなくなる」と発表(いわゆる「2048年問題」)。世界に衝撃を与えました。
こうした水産業界を取り巻く問題を少しでも改善するために開校されたのが、神奈川県三浦市にある日本さかな専門学校(外部リンク)。学校法人水野学園(外部リンク)が運営する、その名の通り魚について学ぶ、日本で初めての専門学校です。
今回は、同校の設立から携わっている学務課長の中村英孝(なかむら・ひでたか)さんに話を伺いました。
日本さかな専門学校で学務課長を務める中村さん
担い手不足、漁獲量・魚種の変化――水産業界が抱える問題
――いま、水産業界ではさまざまな問題が深刻化していると耳にしています。
中村さん(以下、敬称略):はい。まず挙げられるのは、漁師の担い手不足ですね。漁師になるには漁業権を取得しなければいけませんが、そもそも多くの人は漁業権の取得方法自体が分からないのではないでしょうか。
同時に漁師の高齢化も進んでおり、若者に就職してもらうための整備が間に合っていない点も挙げられます。昨今は、漁業就業支援フェアなどを積極的に行っていますが、それもあまり認知されていません。
また地球温暖化によって水温が上がり、魚の収穫量が減少し、季節ごとの獲れる魚種が変化している点も担い手不足に影響を与えていると考えられます。昔ながらのやり方が通用せず、それこそ昔は、親が漁師であれば子どもが後を継ぐ光景がよく見られましたが、他業種に流れてしまっているのです。
――海水温の変化によって、生き物の数や生息地が変わってしまっているんですね。
中村:はい。学校がある三浦半島でも、熱帯魚の数がかなり増えています。本来なら季節来遊魚として黒潮に乗って南からやってくる魚が、海水温上昇によってそのまますみついてしまい、一方で冬に訪れるはずの魚が来なくなっています。
サンマ・イカ・サケなど、地元で大きな収入源である魚が取れないことで、収入も不安定になり、現役の漁師からは「子どもに無理に継がせるわけにはいかない」といった声もありました。
近年は「魚は有限資源である」ということも提唱され始めています。養殖業に力を入れることも重要だと思います。
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目指すは「魚のプロフェッショナル」。魚に関わる全てを学ぶ
――日本さかな専門学校は、日本初の魚について学べる学校と伺っています。設立に至るまでの経緯を教えてください。
中村:水野学園の系列校に「東京すし和食調理専門学校」(外部リンク)があり、料理人や卸業者の方々に話を伺っていくと、水産業全般に携わる人自体が減っていることが分かったんです。「これはもっと水産業界全体の現状をリサーチしないと駄目だ」と考え、さまざまな調査を行いました。
その結果、魚が食用だけでなく、水族館や飼育などの鑑賞用、釣りなどのレジャー、環境問題など、さまざまな場面で人の生活と関わっていることに気付いたんです。
そこで学校の方向性も、魚に関わる全てのことを学べるようにすべきという方針に決定し、2023年4月に日本さかな専門学校を開校しました。現在、1年生78名、2年生72名が在籍しています。
――学校は三浦半島にありますよね。ここに学校を建てた理由は何でしょうか?
中村:三浦を選んだ理由は、“人々が魚と共に生きるまち”だと強く感じたからです。学校周辺には水産技術センターや三浦市が運営するみさき魚市場、釣りの絶好のポイントとして有名な城ケ島などがあり、フィールドワークには最適だな、と。
また魚種が日本で最も多い相模湾にも面しており、東京湾に足を運べば違う生息域の魚の研究もできる。魚全般を学ぶには地形的にも非常に恵まれていると思います。
天気が良い日は、校内からは夕日と共に三浦湾と富士山が望める。画像提供:日本さかな専門学校
――自然豊かな地で学べる点が良いですね。カリキュラムにはどのような特徴があるのでしょうか?
中村:大切にしているのは「魚を総合的に学ぶ」という点です。先ほども述べたように、魚はさまざまな場面で人の生活に関わっています。それを改めて実感してもらうためには、広い視野を持って学びを深めてほしいんです。
そのために、授業には調理実習や環境問題に取り組む授業、観光レジャー学などあらゆる分野の科目を取り入れています。また授業全体の7割がフィールドワークである点も特徴ですね。
――フィールドワークが7割! 驚きです。
中村:もちろん、基礎知識として重要な部分は座学で学んでもらいます。しかしそれだけでは本当の知識にはつながりにくいんです。
特に環境問題に関しては、実際に目に触れないことには気付けません。でも、例えば水中ドローンを用いれば、自分たちの目で海の現状を見ることができ、座学よりもリアルに感じられますよね。
また、卒業後は漁業だけでなく、養殖業、流通関係、水族館、観賞魚の飼育販売など、それぞれの分野に特化した仕事に就きますが、学生のうちにフィールドワークを通して多くのことを経験していれば、「あの時こんなことを学んだな」と、具体的に思い出す機会は増えるはずです。その経験が仕事に活きるときも必ず来る。そういった点からも、学校としては体験型の知識や学びを重要視しています。
自然豊かな三浦の地で生物の観察を行う様子。画像提供:日本さかな専門学校
――日本初の魚の専門学校ということで、在学生からもさまざまな声が届いていると思います。
中村:そうですね。多くの学生が「魚のことをこんなにたくさん話せる友達ができてうれしい」と言っています。釣りが好きな学生、アクアリウムが好きな学生……と、趣味はさまざまですが、共通言語は魚。中学や高校では盛り上がらなかった魚の話が、思い切りできることが楽しくてしょうがないんだと思うんです。沼津から通学している学生もいますが、その学生に「通学つらくない?」と聞いても「楽しい!」と嬉しそうに答えてくれます。
魚について学びを深められることはもちろん、共通の趣味を持った友達と会えることも、学校に通うモチベーションになっているのかもしれません。
――学生生活の一環として、部活動などにも力を入れていると伺っています。
中村:現在、部活は博物学部、アクアリウム部、釣り部の3つなのですが、どの部活も学生が主体的に活動しています。
博物学部には魚の顎骨が好きな学生がいるのですが、1年間で100魚種の顎骨標本を作っていました。とてもすごい作品だったので「これはどこかに発表の場をつくろう」ということになり、系列校のジュエリー専門学校のギャラリーに展示していただきました。もともと魚に興味がなかった人に興味を示してもらったことが、学生本人の励みになったようです。
また先日、釣り部も研修旅行先の奄美大島で珍しい種類のサメを釣り上げ、いまはその釣果を学会で発表する準備をしています。
博物学部が集めた顎骨標本の数々。画像提供:日本さかな専門学校