June.07 – June.13, 2024
Saturday Morning
Title.
Variations Sur Un Thème de Chopin: Variation VIII (Andante Dolce e Espressivo)
Artist.
Jordi Masó 前回のブランカフォートに引き続いて、同郷のカタルーニャの作曲家モンポウの作品。誰もが知っているショパンの前奏曲、第7番をネタ(モチーフ)にした変奏曲の第8変奏。
原曲にはあまり興味がなかった。その明朗快活な旋律ゆえなのか、某製薬会社のCMで、特定の内臓器官とこの曲が強烈に結びついたのも一因かもしれない。イメージの連結とは恐ろしい。
教会の鐘造り職人の家で育ったモンポウは、このシンプルなピアノ曲に、鐘の音の減衰時に広がる残響のような繊細で豊かな和声を与え、アレンジを施していく。12ある変奏は、曲の原型を残したものと、よく聴かないと原曲が何か分からないほど大きく崩されたものの2種類がある。私が好きなのは後者で第8変奏もそれに当たる。
日本映画『櫻の園』(1990年)は、終始一貫してこの曲集をBGMに使っている。少女達の繊細な感情が行き交うシーンで(この映画はどの場面もそうだが)、この第8変奏がフェードアウトすることなくフル尺で流れる。ある女子校の創立記念日の朝、数時間の出来事を描いたこの映画。それもあって、この曲にも朝のイメージがある。
アルバム『Mompou: Piano Music Vol.3』収録。
Sunday Night
Title.
Little Fluffy Clouds
Artist.
The Orb 眠る前の静かな高揚。アンビエント・テクノの古典とも言われる作品。
「あなたが子どもの頃、空はどんな風でしたか?」という、詩的なインタビューの質問に答えるリッキー・リー・ジョーンズの声が、リズムトラックに魅惑的に重ねられている。
大学生の時、この曲をよく聴いていた。その頃私は小さな広告代理店で、新聞社の支局に広告版下を配達して回るという、メッセンジャーボーイのアルバイトをしていた。地下鉄に乗って都内を移動するのが仕事みたいなもので、CDウォークマンを聴きながら、日中の大半を地下鉄の車内で過ごす日もあった。決まって先頭車両の運転席の後ろに立ち、迫り来る闇に目を据えて、この曲を繰り返し聴いた。
その時、私が見ていたのは暗闇ではなかった。
最も美しい空。紫、赤、黄色が燃え上がり、その全ての色彩を捕らえる雲が湧く。
リッキー・リー・ジョーンズが語る、アリゾナのサイケデリックな夕暮れの空を、私は確かに見つめていたように思う。
アルバム『The Orb’s Adventures Beyond The Ultraworld』収録。
&Music / 土曜の朝と日曜の夜の音楽 Ⅱ
音楽好きの“選曲家”たちが月替わりで登場し、土曜の朝と日曜の夜に聴きたい曲を毎週それぞれ1曲ずつセレクトする人気連載をまとめた「&Music」シリーズの第2弾。 23人の選曲家が選んだ、週末を心地よく過ごすための音楽、全200曲。 本書のためだけにまとめた、収録作品のディスクガイド付き。
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作曲家、ピアニスト 岩村竜太
新潟市出身、東京都在住。24調24曲のピアノ小品集『Sunday Impression』『Monday Impression』、読書のBGM、”聞くために読む”『Reading to Hear』、雨音と音楽の境界を行き交う『Raining to Hear』、都市のノイズと音楽のコラージュ『CITY』、トイ楽器と生活騒音の共鳴『Symphony』など、常に音楽と音、その聴取のあり方を問いかける作品を発表してきた。