「唯一の経理担当者が13年間で5000万円も横領してたなんて…」
実際にあった事件を解説する。(東京地裁 R5.11.16)
その経理担当者(以下「Xさん」)の手口は、自分の給料を水増しして銀行に振り込み依頼をかけ、わがフトコロに“ナイナイ”し続けたというものである。
今回の裁判で、会社は「Xさんの横領および隠ぺい行為が原因で追加納税が生じた」として納税分の金額を請求し、裁判所はその一部を認めた。もちろん「Xさんの行為は横領および隠ぺいだ」と断罪している。
以下、事件の詳細だ。
事件の経緯
■ 当事者
会社は労働者派遣事業等を営んでいる。Xさんは平成18年に、事務業務に従事する正社員として採用された。
■ 唯一の経理担当者になる
入社して約4年後(平成22年5月)、Xさんは、会社の「唯一の経理担当者」として業務を任されることになった。その中に、従業員への給与の振り込み業務があった。
■ 横領
経理担当者になって約7か月後。Xさんの耳に悪魔のささやきが聞こえたのであろう。横領に手を染めてしまう。いわゆる給料の水増しである。その金額(=横領した金額)は約5108万円。手口は後述する(なお、裁判において、Xさんは横領行為をおおむね認めている)。
会社の主張
■ 会社の主張の概要
「本来Xさんが受け取るべき給与(=水増しされていない金額)に従って計算すると、会社の所得がその分多くなるので、追加納税を強いられた。その額、約1070万円を支払え」
■ 会社が請求した金額
少し細かくなるが、会社がXさんに請求した金額の詳細は以下のとおりである。
①国税
1 法人税
・法人税 約603万円
・過少申告加算税 約73万円
・延納税 約16万円
2 地方法人税
・地方法人税 約40万円
・過少申告加算税 約3万円
②地方税
1 法人府民税 約16万円
2 法人事業税 約179万円
3 特別法人事業税 約75万円
4 延滞金 約5万円
5 法人税割金 約54万円
※ 補足
Xさんが横領した約5108万円そのものについては、会社は裁判上の請求をしていない。この裁判で、当初Xさんは横領を否定していたのであろう。約4834万円の債務不存在確認を求めていたが、裁判の途中でその主張を放棄している。横領した金額の返済については会社との間で何かしら話がまとまったのかもしれない。
裁判所の判断
弁護士JP編集部
裁判所は、会社の請求のうち99万円だけを認めた。概要は以下のとおりである。
・Xさんは横領およびそれを隠ぺいした
・これは不法行為にあたる
・不法行為と相当因果関係にある追加納税は約99万円である
以下、順に解説する。
■ 横領行為
裁判所が認定した横領行為は以下のとおりだ。
「Xさんは平成22年12月ころ〜令和4年1月ころ、会社の取引先銀行に対して、本来の自分の給与支給額に水増しした金額を会社名義の口座から自分名義の口座に振り込むよう依頼し、実際に振り込ませた」
なぜこんなことが可能だったのか。それは、単なる金額の書き換えである。まずXさんは本来の支給額を記入した振り込み依頼書を社長に見せて決済を受けた。その後、水増しした金額に書き換えて取引先銀行に提出したのである。
■ 横領の隠ぺい行為
裁判所が認定した横領の隠ぺい行為は以下のとおりだ。
「その後、水増しした金額ではなく、本来の支給額を記載した書類を作成した」
Xさんは「計算書類や決算書については改ざんしていない」と反論したが、裁判所は「その書類の基礎となる資料に当初から事実と異なる値を入力する行為もまた不正な経理事務処理である」と一蹴している。
■ 99万円だけを認めた理由
税金の細かい話となるので詳細は割愛するが、Xさんの横領や隠ぺいによって生じた追加納税は、過少申告加算税・延滞税・延納金の合計99万円であると判断されたのである。その他の法人税・地方法人税等については「本来支払うべきものであった」と判断されたため、その部分についての会社の主張は退けられた。
ほかの横領裁判例
Xさんの処分がどのようになったか、判決文からは不明であるが、今回のように多額の金額を横領した場合、懲戒解雇は免れないと考える。以下、横領等を理由に懲戒解雇になった裁判を挙げる。
■ 解雇OK
会社のお金で高級バッグやアクセサリーを爆買い(1300万円超え)
会社の高級ウイスキーをパクる(山崎12年)
■ 解雇ダメ
逆に、会社に対して不正請求をしたにもかかわらず「解雇はダメ」と判断された事件もある(札幌高裁 R3.11.17)。不正請求の金額は約54万円で、概要は以下のとおり。
・車で出張したのに交通費を請求
・クオカードつきの宿泊プランにしてクオカード分も請求
・駐車場代つきの宿泊プランにして駐車場代も請求
地裁は「解雇OK」と判断したが、高裁は「解雇ダメ」と結論づけた。
懲戒解雇がOKになるかどうかは、横領や不正請求の態様や金額などが重要な判断要素となる。