「農福連携」という言葉を知っていますか? 農業と福祉の頭文字をとった言葉で、障害のある人が農業分野で活躍することにより、自信や生きがいを育み、社会参加を促す、国を挙げて推進されている取り組みです。
農福連携には、農家などの農業経営体が障害のある人を直接雇用するケース、障害者就労施設が農業に参入するケース、企業が特例子会社として障害のある人を直接雇用し、農業に参入するケースなど、さまざまな形があります。
農福連携は、2016年に閣議決定された「ニッポン一億総活躍プラン」の中に、障害のある人や高齢者が最大限活躍できる環境整備の一環として盛り込まれました。
そして2019年4月には、農福連携の全国的な機運醸成を図り、強力に推進するため、「農福連携等推進会議」が設置され、同年6月に「農福連携等推進ビジョン」(外部リンク/PDF)が取りまとめられました。
その背景には、農業における農業従事者の担い手不足や高齢化といった課題と、福祉における障害のある人の働く場の確保や賃金(工賃)の引き上げといった課題があります。
農福連携は多様な農作業の中で、障害のある人が個々の特性を活かして活躍することで、農業と福祉の課題を解決し、誰もが活躍できる持続可能な社会の実現へとつながります。
今回、農福連携の取り組みや効果について、農林水産省で農福連携推進室の室長を務める渡邉桃代(わたなべ・ももよ)さん、そして長年にわたって農福連携に取り組み、2023年のノウフク・アワード(※)でグランプリを受賞した、奈良県にある社会福祉法人青葉仁会(外部リンク)の井西正義(いにし・まさよし)さん、田中祐介(たなか・ゆうすけ)さんにお話を伺いました。
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農林水産省が行うアワードで、農福連携を実践してきた人々や団体、取り組みの表彰を通じて、その価値を広げ、地域社会に根付かせることを目的としている。参考:ノウフク・アワード | ノウフクWEB(外部リンク)
農業と福祉が抱える問題解決を目指す、農福連携
――まずは、農林水産省 農福連携推進室の室長を務める渡邉さんにお話を伺います。農福連携が始まった社会的背景について、教えてください。
渡邉さん(以下、敬称略):背景には農業と福祉がいま抱えている課題があります。
まず、農業の最も深刻な問題が人手不足です。農業の担い手は直近の5年間で約2割減少しており、20年間では約4割減少しています。さらに今後の20年で4分の1にまで減少するとの推計もあります。
またこれに伴い、耕地面積は年々減少傾向にあり、再生利用可能な荒廃農地は全国で約9万ヘクタールもあります。
このような状況が続くと農作物の確保、つまり食の確保が難しくなります。多様な人材を農業に呼びこみ、将来にわたって持続可能な食料の供給基盤を構築することが、国としての重要な課題となっているのです。
取材に応えていただいた渡邉さん。画像提供:農林水産省
――福祉側が抱える課題はなんでしょう?
渡邉:障害のある方の就労場所が不足しているということです。身体障害、知的障害、精神障害3区分の合計は、約1,160万人であり、国民の約9.2パーセントが何らかの障害を抱えています。このうち、民間企業及び公的機関での雇用は約72万人と、障害のある人全体の約6.2パーセントにとどまっています。
また仮に働く場所があっても賃金が低いという問題もあります。就労継続支援B型事業所(※)の利用者の平均工賃月額は1万7,031円(2022年度)であり、障害年金を足したとしても、この金額で自立した生活をしていくのは難しいでしょう。
こういった課題を解決するために、農業と福祉が手を組み、お互いにプラスの効果を生み出していくことが、農福連携の軸になっています。
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一般企業などで雇用契約を結んで働くことが難しい障害のある人などに対して、就労の機会を提供する障害福祉サービスの1つ
農業、福祉それぞれが大きな課題を抱えている。画像提供:農林水産省
――実際に障害のある人が農業で働くことで、どんな効果が出ているのでしょうか?
渡邉:農福連携に関連する団体に行ったアンケート調査では、福祉事業所側、農業経営体側共に、プラスの効果があったとの声が上がっています。
福祉サービス事業所へのアンケート調査では、利用者(障害のある人)へのプラス効果として、体力がつき、長い時間働けるようになった」「物事に取り組む意欲が高まった」「生活のリズムが改善した」といった回答がありました。自然の中で太陽の光を浴び、土に触れながら作業をするということに効果があると考えています。
また、農業には水やりをする、種をまく、収穫をするなどさまざまな作業があるので、障害の特性に合った作業との出合いによって、障害のある人が農業の貴重な働き手となると共に、賃金(工賃)の向上等を通じて、生活の質の向上を実現することにもつながります。
実際にアンケート調査では58.4パーセントの福祉サービス事業所が「過去5年間の平均賃金・工賃が増加した」と回答しています。
――農家側の声はどのようなものがありましたか?
渡邉:農業経営体へのアンケート調査では、多くの方が「収益性に効果あり」という回答しています。また、障害のある人を受け入れることの効果について、半数くらいが「障害のある人が貴重な戦力となった」「農業労働力の確保で営業等の(別の仕事に充てる)時間が増加」、3割程度が「品質の向上や収量の増加につながった」と回答しています。
一方で、農業の特性上、繁忙期が1年のうちの限られた時期しかなく、通年でお願いできる作業がないというような問題もあります。農業経営体へのアンケート調査では、障害のある人を受け入れる上での課題として、42.4パーセントが「通年で働いてもらうための作業の創出」を挙げています。これは農福連携に限ったことではなく、農業全体の問題でもあります。
そのような問題を解決するため、収穫時期の異なる作物を組み合わせる多品目栽培や、収穫した作物に加工を行う、いわゆる6次産業化(※)の工夫をするなどして、年間を通して障害のある人への仕事の依頼ができるよう努力している農家の方もいらっしゃいます。
私たち行政も、農福連携が進むように、6次産業のノウハウの指導を受けるための助成金を出すなどの支援をしているところです。
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1次産業である農林漁業者が、2次産業である加工、もしくは3次産業である販売・サービスを行うことで、農産物の付加価値を向上させること。1×2×3が6であることが語源
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症状改善、地域交流など、福祉事業所から見たさまざまな効果
――次に実際に農福連携に取り組んでいる社会福祉団体・青葉仁会のお2人からもお話しを伺いしたいと思います。まず、農福連携に取り組み始めたきっかけを教えてください。
井西さん(以下、敬称略):私たちの団体では、農福連携という言葉が生まれるずっと前の1980年頃から、日中の活動に農業を取り入れてきました。団体の本部がある奈良県東部の山間地で、近所の農家から畑を借りる形でスタートしています。
青葉仁会では田畑を「あおはにファーム」(外部リンク)と呼び、障害のある人が農業に参加している。画像提供:青葉仁会
井西:農作業を取り入れた理由としては、障害のある方が外に出て作業をすることで五感が刺激され、発達につながるという面と、精神的に落ち着くセラピー面での効果が支援に応用できると考えたからです。
取材に応じてくれた、青葉仁会の井西さん
――当時の農作業には、賃金は発生していなかったんでしょうか?
井西:今と比べると工賃は多くありませんが、収穫した作物をお金に換えて、作業に携わった人たちに工賃としてお返しする形で、少しでも経済活動に参加してもらうようにしていました。青葉仁会としては、団体発足の頃から障害がある人たちも仕事をし、社会に参加するということを大切にしてきたからです。
その後1991年に法人化され、就労支援が可能な事業所として展開していきました。
――そこから徐々に、農業が障害のある方の仕事として確立されていったのですか?
田中さん(以下、敬称略):はい。それにはこの地域が抱える問題が、段々と深刻化していったことが影響しています。青葉仁会が活動を始めた当初、農家の平均年齢は40歳くらいでしたが、現在は80〜90歳となっています。過疎化、高齢化も急速に進んでおり、耕作放棄地(※)も拡大しています。
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以前耕作していた土地で、過去1年以上作物を作付けせず、この数年の間に再び作付けする意思のない土地
取材に応じてくれた、青葉仁会の田中さん
田中:ですので、地域の方から依頼を受けて、茶畑や田畑などを譲り受けることも多くなりましたよ。今では開墾した田畑で、米、ブルーベリー、紅茶、ジャガイモ、サツマイモなどを栽培・収穫しています。
また農業だけでなく、加工業、販売業、レストラン経営なども行っており、障害のある人の就労機会を増やすと同時に、地域の活性化も担っています。
青葉仁会で栽培している農作物は多岐にわたり、加工品の製作にも力を入れている。画像提供:青葉仁会
――実際に農福連携を図ることで、どのような効果が出ていますか?
田中:利用者の方の変化を感じています。施設には障害のある方が100名くらい入所していて、全体の7割くらいの方に強度行動障害(※)があるのですが、農作業をすることでその症状が落ち着くという変化がありました。
そういう方たちの多くは、先の見通しが立たないことを苦手としています。種をまき、大きくなったら収穫するという、過程が分かりやすい農業だからこそ落ち着いて作業ができているという実感があります。
また体を動かすので、昼夜逆転していた方の生活サイクルが整ったという変化もよく見られます。
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自分の体を叩いたり、食べられないものを口に入れたりするなど、周囲の人の暮らしに影響を及ぼす行動が、著しく高い頻度で起こるため、特別に配慮された支援が必要になっている状態。参考:強度行動障害支援者研修資料 | 国立障害者リハビリテーションセンター(外部リンク)
――地域の方との関わりの面でも、何か効果がありましたか?
田中:農家の方との交流はもちろん、青葉仁会ではブルーベリー園を保有していまして、夏期の2カ月ほどブルーベリー狩りを開催しているので、お客さまとして訪れる地域の方や奈良県外の方との交流が生まれています。
夏期期間に開催されるブルーベリー狩りには、県内外から多くの人が訪れる。画像提供:青葉仁会
井西:地域の方との関係性は、徐々に築かれてきていると思っています。現在、複数の事業所が県内のさまざまな地域にありますが、全ての事業所が順風満帆にスタートできたわけではありません。開所時には地域住民からさまざまな意見が寄せられました。激励の言葉もあれば、そうでない声もありました。
しかし、あおはにの多くの事業所には一般の方々に使っていただきやすい飲食店や物販店もあることで、街全体を活性化させ、閑散としていた地域がにぎわいを取り戻すのに微力ながら貢献できたと思います。
事業所がなんらかの社会的役割を担い、それを支える障害のある方々の姿が見えることで、地域の資源として認知され、今では良好な関係性を築けていると思います。
田中:先日も法人本部のある地域で、自治会の会合に参加させてもらったのですが、そこでも皆さん口を揃えて「この地域のことは青葉仁会さんに頼むで」と言っていただけました。
――障害のある方たちと一緒に働く際、工夫できる点があれば教えてください。
田中:先ほどお話ししたように利用者には見通しが立たないことが苦手な方が多いので、作業の見通しや1日のスケジュールをしっかりお伝えする、もし変更があった場合は事前にしっかり伝えるというのが大切だと思っています。
井西:青葉仁会では、農業以外の産業も含めてこれまで40名を超える方が一般就労(※)に移行しています。この結果が出ている一番の理由は、利用者の皆さんの努力にあると思っています。
それと同時に、私たち事業者側がつくってきた支援環境と、就職後の職場環境に大きな乖離がなかったこともその理由だと考えています。
具体的には事業所内での活動や就労支援を通して、あいさつや返事、報告をするというような、社会人として基本となる行動を訓練しておくことに加えて、よりリアルな就労環境を整備していることです。もちろん、働く方の特性に応じた必要な配慮について、企業にきっちりお伝えしています。
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障害のある人が障害者就労施設で働くことを福祉的就労と呼び、企業等で障害者雇用制度などを利用して直接雇用で働くことを一般就労と呼ぶ
長年の取り組みが評価され、2023年のノウフクアワードでグランプリを受賞した青葉仁会。画像提供:ノウフクWEB