鹿児島県警「不祥事隠ぺい疑惑」ニュースサイトへの“家宅捜索”も…元生活安全部長の“告発“は「情報漏えい」か「公益通報」なのか?

鹿児島県警内部の情報を外部に漏えいしたとして、同県警元生活安全部長の本田尚志氏が国家公務員法(守秘義務)違反の疑いで逮捕された。

本田氏は逮捕の前に告発ないし公益通報ともとれる内部文書を札幌在住のフリーライター・小笠原淳氏に送っており、この行為が公益通報なのか情報漏えいにあたるのかで論争が起きている。

ニュースサイトの報道がきっかけ、県警は取材拒否も後に謝罪

この内部文書は小笠原氏宛てに届いたものであり、とある媒体で公開された。報道したのは福岡市を拠点に運営されているニュースサイト「ハンター」。調査報道などを軸としたジャーナリズム色が強い媒体の印象だ。

ハンターは2022年3月、「コロナ療養施設で職員が性行為 鹿児島県医師会に問われる規範意識」と題する記事を配信。鹿児島県が新型コロナウイルスの感染者を療養させるために提供しているホテルにて、県医師会派遣の男性職員が女性スタッフに対して性行為に及んだことを数回に分けて検証した。また、この事案の捜査をしていた鹿児島県警中央警察署は、性被害を訴えてきた女性を門前払いしていたとも報道した。

報道調査を続ける中で、ハンターはとある処理簿を入手し、県内の有力団体と県警刑事部長との癒着など不当な捜査の実態をつかんだ。ハンターはこの件を問いただそうと県警に足を運んだが、県警側は取材を拒んでいる。

県警はその後、警察庁などから指摘を受けたからなのか、一部の情報が外部に漏れていたと認めて謝罪している。

突然の家宅捜索、県警が「内部文書ですから」とデータを削除

それは突然だった。4月8日、県警はハンターを家宅捜索。パソコンや資料などを押収した。この件を報じた媒体の一つ、WEBメディア「SlowNews」はハンターを運営する中願寺純則氏を取材。中願寺氏は以下のように答えている。

「ハンターに対する捜索令状には、被疑者として藤井巡査長の名前が記載されており、被疑事実は地方公務員法違反となっていたという。その時点では参考人として取り調べられたが、黙秘した」

藤井光樹被告とは、ハンターが家宅捜索を受けた日と同日に逮捕された人物だ。容疑は地方公務員法違反(情報漏えい)。本田容疑者とは違う事件で被告となっている。県警が家宅捜索に入った際、本田容疑者が小笠原氏宛てに送った内部文書データを発見。本田容疑者の逮捕につながったとされるが、藤井被告は「本田氏とは関係ない」などとマスコミの取材に答えている。

なお、パソコンには処理簿などのデータが入っていたが、消されていた。中願寺氏によると、データの削除をしないよう求めていたが、県警側は「内部文書ですから」などと伝えられたとし、削除された。パソコンに入っていた「刑事企画課だより」には、捜査関係書類の破棄を勧める記述があったとして物議を醸した。なお、記述は後に修正されている。

「闇をあばいてください」札幌在住のフリーライターに届けられた告発文書

4月上旬、北海道のとある人物宛てに、「闇をあばいてください」などと書かれた郵便物が届けられた。郵便物は5月31日に国家公務員法(秘密漏えい)の疑いで逮捕された本田容疑者が作ったものとされている。宛先の人物とは、前出の札幌市在住のフリーライター・小笠原淳氏だった。

小笠原氏は北海道小樽市生まれ。「札幌タイムス」記者などをへて北海道で発行されている月刊誌「北方ジャーナル」を中心に記事を執筆しており、「ハンター」でも記事を執筆している。小笠原氏の著書として『見えない不祥事 北海道の警察官は、ひき逃げしてもクビにならない』(リーダーズノート出版)がある。北海道警察の不祥事について「情報公開請求制度」を活用して徹底的に洗い出し、粘り強く取材しているのだ。このような小笠原氏の活動は、今年1月末に発行された「記者のための情報公開制度活用ハンドブック」(日下部聡編著、報道実務家フォーラム企画協力・公益財団法人新聞通信調査会)でも取り上げられるなど、評価は高い。

ところで、なぜ鹿児島から北海道のジャーナリストに文書を送らねばならなかったのか。疑問が湧くのは当然である。

小笠原氏は前掲の書籍をはじめ、これまでの取材経験から警察事案に詳しく、県警の不正をハンターでたびたび執筆していた。以前からそれらの記事を見ていた本田容疑者は、小笠原氏にすべての望みを託し内部文書を送ったとみることができるかもしれない。実際、本田容疑者も弁護士を通じて「小笠原氏に書類を送れば、積極的に取材をしてもらえるかもしれない」とコメントしている。当の小笠原氏は、北海道テレビ放送(HTB)のインタビューに応じ、こう話している。

「現物の紙として文書の中身を見たことがあるのは今の時点で差出人と私だけ。誰もその現物を確認していないのになぜ(本田容疑者を)逮捕できたのか。ほぼ間違いなく公益通報の目的で文書を送ってきているわけで、これを犯罪にしていたら公益通報を考えている人たちは萎縮してしまいますよ」

文書には、以下の未発表事案3件が記されていた。

①枕崎警察署の男性巡査部長が女性用個室トイレに侵入して盗撮しようとし、建造物侵入の疑いで逮捕
②県内にあるとある警察署の男性巡査長が、業務を通じて入手した連絡簿を用いて一般女性の連絡先を不正に入手。ストーカー行為をはたらいた
③鹿児島中央署に勤務する男性職員が、2年ほど前に超過勤務手当を不正取得していた
※一部は全国ニュースで報道済み

本田容疑者は、これら事件のうち①について、「早く着手したい」と考えていたが、野川明輝鹿児島県警本部長は事件を起こした警察官に「最後のチャンスをやろう」と捜査の着手を先延ばししたと主張。②の事件も県民に説明するべきだと考えていたが、野川本部長は全く応じなかったとしている。すなわち、本田容疑者は、野川本部長が隠ぺいをしようとしたと主張しているのだ。

「公益通報か情報漏えいか」が焦点、県警の捜査手法と情報管理に疑問

6月11日、鹿児島県議会常任総務警察委員会。この日、野川本部長が議会に出席し、「模範となるべき立場にあった元生活安全部長が、公表を望まない被害女性の実名などを第三者に漏らしたとして逮捕されたのは誠に遺憾」と述べ、「私が隠ぺいを図ったというような発言があったのは誠に残念。結果として県民に多大な不安を与えたことに県警の最高責任者として深くおわび申し上げる」と謝罪し、隠ぺいを否定した。

この騒動の焦点のひとつは情報漏えいか、それとも公益通報かだ。公益通報について取り扱った公益通報者保護法第2条には、以下のような定義がある。

「この法律において『「公益通報」』とは(略)不正の利益を得る目的、他人に損害を加える目的その他の不正の目的でなく(略)、法人の経営に従事している者、従業員、代理人その他の者について通報対象事実が生じ、又はまさに生じようとしている旨を、当該役務提供先若しくは当該役務提供先があらかじめ定めた者、当該通報対象事実について処分、若しくは勧告等をする権限を有する行政機関若しくは当該行政機関があらかじめ定めた者又はその者に対し、当該通報対象事実を通報することがその発生若しくはこれによる被害の拡大を防止するために必要であると認められる者に通報すること」

一方、国家公務員法100条には「秘密を守る義務」として、以下のような規定がある。

「職員は、職務上知ることのできた秘密を漏らしてはならない。その職を退いた後といえども同様とする」

これまでの報道を勘案すると、本田容疑者の事例はどう考えても不正をする目的ではないといえるだろう。また、本田容疑者が主張しているように「野川本部長が警察官の事件を隠ぺいしようとした」のが事実なのであれば、公益通報者として本田容疑者は守られるべきであったとも考えられるが、今も捜査は続いているため真相はわからない。

本稿記者の取材に応じた鹿児島県警は、「隠ぺいの有無は野川本部長が話した通り。さまざまな報道は承知しており、内部情報などの適切な管理に努めている」と回答。ハンターへの家宅捜索後、パソコン内のデータを削除したことについては「通常、資料などのデータを消すときは、許可をもらうはず」と答え、「証拠隠滅かどうかは回答を差し控える」とした。

なお、小笠原氏に届いた郵便物の内容や差出人の名前がなかったことなどは、読売新聞が今年6月7日付朝刊の社会面で報じている。情報の適切な管理に努めているのであれば、告発者と小笠原氏しか知りえないはずの内部文書の存在がなぜ読売新聞で報じられたのだろうか。疑問が尽きることはない。