大津・保護司殺害事件の容疑者「仕事をすぐに退職」 保護観察対象者が苦しむ“文化的葛藤”と保護司の“役割”

先月下旬、滋賀県大津市で保護司の男性が殺害された。男性を殺害した容疑で逮捕されたのは、男性が更生支援を担当していた保護観察中の男。筆者のように更生保護活動に日夜携わる保護司社会のみならず、巷間(ちまた)にも大きな衝撃を与えた。

殺害された男性は容疑者の就職先について支援団体に相談し、容疑者は紹介された建設会社に就職したものの、すぐに退職していたことが明らかになっている。

60年ぶりの悲劇

過去にも、保護司が巻き込まれた事件がある。1964年、北海道羽幌町で喫茶店を営んでいた男性保護司が、以前担当していた男に包丁で刺殺された。

保護司が保護観察対象者に殺害された事例は、60年前のこの事件以来ないとされ、非常にまれなケースといえる。詳細は後述するが、これらの“レアケース”だけを見て「保護司は危険な仕事だ」と決めつけるのは、いくぶん短絡的かもしれない。

そもそも、保護司とはどのような仕事をしているのか。1939年に司法保護事業法により国の制度として位置づけられており、歴史は古いものの、社会的に認知されていない仕事なので、簡単に解説したい。

なぜ保護司が必要か

全国保護司連盟のサイトには「保護司は、犯罪や非行をした人たちが再び罪を犯すことがないよう、その立ち直りを地域で支える民間のボランティアです。法務大臣からの委嘱を受け、全国で約4万7000人が保護司として活動しています」とある。

保護司は、民間のボランティアであるが、非常勤の国家公務員でもある。

では、なぜ保護司が「犯罪や非行をした人たちが再び罪を犯すことがないよう、その立ち直りを地域で支える」必要があるのだろうか。

罪を犯した人が社会復帰したいと願っても、教育や職業経験の面などでハンディキャップを負っているケースが散見される。さらに昨今、コンプライアンスが強化された社会の風潮の中では、一度罪を犯して新聞などに名前が出た人は、雇用をためらう企業も多い。

そして、罪を償って刑務所から出所したとしても、銀行口座が持てない、携帯電話が契約できない、就職できないといった問題に直面する人もいる。彼らが社会的に排除され、生きづらさを知覚した結果、社会的に孤立し、再犯に至った例は枚挙にいとまがない。

再犯に至る負の連鎖を断ち切らないことには、新たな被害者が生まれかねない。犯罪や非行をした人を教導し、彼らの生きづらさを緩和する相談相手となり、再び社会に受け入れられるよう立ち直りを支援する活動、すなわち、更生保護活動の担い手が保護司なのである。

保護司のもっとも重要な役割

わが国では、法務省保護局と民間のボランティアとの協働により、更生保護活動が推進されており、保護司はその中で中心的な役割を果たしている。

保護司が法務省保護局から保護観察対象者(以下、対象者)の担当を依頼され、業務としてなすべきことは、おおむね月2回の面談である(保護観察期間については、仮釈放者は残刑期間満了日まで。保護観察付執行猶予者は、判決確定日から執行猶予期間の満了日までなど、保護観察の種別により多様)。この面談において、対象者の就労状況や生活状況を聴取し、困っていることがあれば相談に乗る。

保護司の役割としてもっとも重要なことは、対象者を社会から排除・孤立させるのではなく、社会的に包摂させ、再犯に至らないよう立ち直りを支えていくことである。

保護司と“就労支援”

以前は保護司が、仕事が決まらない対象者を法務省に登録している協力雇用主(罪を犯した人を雇用する企業)に紹介する活動を行っていた。しかし昨今では分業化され、就労については更生保護就労支援事業所(以下、就労支援事業所)が担当している。

筆者は現在、保護司の任に就いているが、以前は就労支援事業所の所長として、保護司と協働しつつ、対象者や満期出所者の就職・就労定着支援に従事していた。

対象者の就労は就労支援事業所が担当するが、就労が継続するよう見守り、叱咤(しった)激励するのは、雇用主と担当観察官、保護司の役割である。

保護司の仕事は“危険”なのか

筆者が就労支援事業や保護司業務に就く際に、対象者の危険性につき、法務省から特段の注意を促されてはいなかった。実際、雇用主や知人から、「対象者の支援をして危険ではないのか」という質問を受けるが、筆者の知る限り、彼らが暴力を振るったりしたという例は聞いたことがない。

就労支援に携わっていると、年間に100人以上の対象者を支援することになる。彼らの中には自力で就職ができない人が多いので、担当保護司と連携しながら、就労から定着まで面倒を見る必要があった。そうした経験を振り返ると、怠業傾向者は一定数存在したが、暴力的な者は記憶にない。ゆえに、危険性を知覚したことはないのである。

保護観察対象者が苦しむ「文化的葛藤」

保護司の業務において留意すべきことは、対象者が社会復帰する際の「文化的葛藤」である。われわれ慣習的職業社会で社会化されてきた者にとって“当たり前”のこと、たとえば給与の締めと払い日の存在、社会保険の加入義務などが理解できず「なぜ、働いたお金が今日もらえないのか」「健康保険など入った覚えはない」など、苦情を耳にする機会がある。

あるいは、住所変更手続きやハローワークの求職者手続きなどができない人も一定数存在する。

保護司は、彼らが当たり前の社会の仕組みに戸惑い、文化的葛藤に苦しみ、生きづらさを知覚しないように、辛抱強く教示することも重要な仕事である。

保護司活動の限界

ただ、そうとはいえ、保護司だけでは対応できない問題を抱えている対象者も少なくない。それは、薬物依存等により身体的・精神的疾患を抱えている触法障害者、軽度の知的障害がある者など、医学的サポートを必要とする人である。

あるいは、多重債務、親権問題、遺産問題、DVなどの問題を抱える対象者には、法律的な専門知識がないと適切なアドバイスができない。

対象者が社会復帰し、新たな人生への一歩を踏み出すにあたっては、保護司のみならず、各分野の専門家が連携して、彼らが直面する問題や生きづらさを軽減する必要がある。

滋賀県大津市で起こった事件においては、対象者が抱える問題を、ひとりの保護司が対処するには重すぎたのかもしれない。

同様の悲劇を繰り返さないためにも、事件の原因を究明し、保護司が単独で対応困難なケースは、各種専門家への応援要請が可能な仕組みなども視野に入れる必要があろう。

福岡市中央保護区保護司会の試み

筆者が所属する福岡市中央保護区保護司会(楠正信会長)では6月から、更生保護活動の質的充実のため、41名の各種専門家によって構成される任意団体「リスク法務実務研究会」と協働して、保護司や対象者の無料法律相談を開始。「週休2日欲しいが雇用主にどのようにお願いしたらいいか」「行政の対応に不満があるが、どこに苦情を申し立てたらいいか」などの相談が寄せられている。

楠会長は、「対象者が抱える問題はさまざまだが、専門の士業の方に相談することで解決策が見いだせたら、相談者が抱える問題や生きづらさの軽減につながるのではないか」と期待する。

問われる「社会的包摂」の“本気度”

社会の多様化や複雑化に加え、世代間の文化的ギャップ等により、保護司ひとりでは対応が難しい事案が増えている。大津の事件を契機に、保護司と法曹、福祉、医療、教育機関の連携など、オールジャパンでの立ち直り支援が検討される時期にきているのではないか。日本社会における社会的包摂の本気度が問われている。