《私の部屋は金魚鉢》2024年 Courtesy of the artist
夢と現実を行き来する、パレーノの世界。
現代のフランス美術を代表するアーティスト、フィリップ・パレーノ(Philippe Parreno)。先端技術を積極的に取り入れながら、映像、音、オブジェなど、作品は多岐にわたる。ニューヨーク近代美術館やパリのポンピドゥセンターなど、欧米の主要美術館で数多くの個展を開催してきた彼がこのたび、箱根の『ポーラ美術館』にて国内最大規模の個展「フィリップ・パレーノ:この場所、あの空」を開催。会期は12月1日(日)まで。1990年代の初期作品から初公開の新作まで、幅広い作品を鑑賞できる。
本展の開会式でパレーノは「アート作品を”音符”のように捉えている」と語った。空間によって作品の響き方は変わり、作品同士の組み合わせによって共鳴が生まれるという。世界各地で、場所の特性や建築を活かした展示を構成してきた彼は、箱根の森の中に建つ『ポーラ美術館』にどんなアプローチをしているのか。
展示室は3つ。まず最初の部屋に入ると、自然光が差し込む中にバルーンの魚が何匹も浮かんでいる。本作《私の部屋は金魚鉢》は、人間との主従関係や重力、時の流れといった地上の法則から解放された魚たちが軽やかに空中を泳ぐ。奥の窓には仙石原の森が広がっており、幻想的な風景は我々を夢の世界に誘い込む。
《マリリン》2012年 ポーラ美術館蔵
《ヘリオトロープ》2023/2024 年 Courtesy of the artist and Esther Schipper, Berlin/Paris/Seoul
展示風景
隣の部屋では、パレーノの代表作である映像作品《マリリン》が上映される。マリリン・モンローが1955年公開の映画『七年目の浮気』の撮影中に滞在していたホテルのスイートルームが舞台のこの作品は、テクノロジーによる音声や筆跡、視線の再現によってマリリンの存在を匂わせる不穏な構成。スクリーンの横では無人のピアノが曲を奏でており、壁には箱根の残雪の記憶を反映した《雪だまり》が静かに照らされる。自身の展覧会を「カメラのない映画」と形容するパレーノらしい空間で、鑑賞者は映画の中に没入するような体験を味わう。
映像が終わると、窓の外に《ヘリオトロープ》が姿を現す。コンピュータ・プログラムで制御された巨大なミラーを持つ本作が太陽光を捉え、反射光が展示室に差し込むことで鑑賞者は現実に引き戻されるような感覚になる。
展示風景
《幸せな結末》2014-2015年 アンナ・レナ・ヴァニー蔵
次の部屋には、数多くのドローイング作品が並ぶ。《マリリン》や現在撮影中の《100の問い、50の嘘》などの映像作品を制作するためにプロットや絵コンテの役割を果たしているドローイングだが、作品単体としても作者の世界観が伝わってくるものになっている。展示室全体が有機的に点滅を繰り返しており、その中で《幸せな結末》と題された2つのランプが、会話するように点滅し続けている。
《ふきだし (ブロンズ) 》2024年 Courtesy of the artist
最後の部屋に入ると、ふきだしの形をした黄金色のバルーンが頭上一面を埋め尽くしている。これは、1997年から継続的に制作されている作品《ふきだし(ブロンズ)》。初期は労働組合のデモンストレーションのために制作されたが、今日では違った意味に感じられる。それは、SNS上で日々呟かれる膨大な言葉であったり、声を上げられない人々の無言の抗議にも見えるかもしれない。
《どの時も、2024》2024年 Courtesy of the artist
奥に進むと、映像作品《どの時も、2024》が上映されている部屋に続く。本作の主人公であるコウイカは、「地球外生命体に最も近いもの」としてパレーノの作品に度々登場してきた。
“これは孤独な天使についての物語でしょうか? あるいは美しい歌とともに、海の泡になって消えた人魚の物語でしょうか?”
パレーノは開会式で、「作品を作ることは、”会話すること”に似ている」と話した。誰かと話すときに終わりを決めないように、作品作りの終わりは定めておらず、作品の形や見せ方は流動的に更新されていくことが自然だという。常に進化し続けるパレーノの展覧会。今しか見られない世界を追いかけて、『ポーラ美術館』まで足を運びたい。
Event Informationフィリップ・パレーノ:この場所、あの空
会期:2024年6月8日(土)~12月1日(日) 会期中無休
時間:9:00〜17:00 (最終入館16:30)
会場:ポーラ美術館(神奈川県足柄下郡箱根町仙石原小塚山1285)
料金:大人 2200円 /高校・大学生 1700円 /中学生以下無料
Photo:Ken Kato