ポルトガルの偉大なワインを訪ねて、マデイラ島へ【三澤彩奈のワインのある暮らし】

山梨県の中央葡萄酒の醸造責任者として、豊かな自然の中で日々ブドウの栽培と醸造に向き合い、「甲州」の名を世界に広める三澤彩奈さん。今回は念願だったマデイラ島を訪問。この地が生んだマデイラワインについてつづります。

先日、念願がかない、ポルトガルにあるマデイラ島を訪問しました。

アトランティス帝国の物語をお聞きになったことがある読者の皆様もきっと多いのではないかと思います。古代ギリシャの哲学者プラトンの著書の中でも記述された、伝説上の広大な島、アトランティス帝国。実在したのか、現存するのであればどこなのか等々、今なお多くの謎に包まれていますが、一説によれば、マデイラ島もそのひとつと言われています。
山梨県にある私の実家のワイナリーのブランド名「グレイス」は、祖父の時代に、ギリシャ神話の三美神にちなんで名付けられました。幼い頃、神の怒りに触れたことにより、海底に沈められたとされるアトランティス帝国の物語を読み、大きくなったら、いつかマデイラ島を訪ねてみたいと胸をときめかせたものでした。

マデイラ島に憧れた理由のもう一つは、酒精強化ワイン「マデイラ」の産地であるということでした。一般的には、マデイラと言うと、フランス料理のクラシックなソースに使われるイメージをお持ちの方が多いかもしれませんが、本来は、マデイラ島の地形や気候が生み出す偉大なワインです。

まずは、酒精強化ワインとは、どのようなワインでしょうか。私たちグレイスワインも、「周五郎」という名の酒精強化ワインを祖父の時代から造ってきました。山梨所縁の作家、山本周五郎に愛飲され、随筆集にも登場することから、名前をいただき、ラベルも、周五郎先生の直筆のサインを題字にさせていただいています。

「周五郎」を例に、酒精強化ワインがどのように造られるのか簡単に解説させていただきます。少しお付き合いください。

酒精強化ワインに限らず、スパークリングワインも、スティルワイン(非発泡性ワイン)も、ブドウに含まれる糖がアルコールへと分解されるアルコール発酵を経てワインとなります。酒精強化ワインの製法では、アルコール発酵の途中にグレープスピリッツ(ブドウの蒸留酒)を添加します。

アルコール発酵の主役は酵母です。酵母は、アルコール耐性が弱いため、グレープスピリッツが添加されることで、多くが死滅してしまいます。微生物学的に観察すると、酵母はまだ生きているのかもしれませんが、ここでは、酵母の活動が抑えられ、アルコール発酵が止まるとイメージしていただけたらありがたく思います。そうすることで、酵母がアルコールへ代謝しきれなかったブドウの糖分が残ります。やや甘味を残したタイプの酒精強化ワイン「周五郎」はこのように造られています。

世界に目を向けると、酒精強化ワインとして、マデイラの他にも、ポルトガルのポートやスペインのシェリーなどが知られています。その中で、マデイラの特徴的な風味は、長い熟成による複雑な味わいと、しっかりとした酸だと思います。マデイラ特有の香りとして、ナッツやドライフルーツ、そしてスパイシー香などが挙げられますが、これは、長期に亘る熟成期間にとどまらず、独特な加熱熟成方法に依ると考えられています。非発泡性ワインにおいて30年前のワインというと珍しいものですが、マデイラでは驚かれることはありません。

伝統を感じさせながらもスタイリッシュでもあり、私自身、マデイラは最もエレガントな酒精強化ワインだと考えています。

このたびの旅では、1811年に創業した名門ワイナリー「ブランディーズ」の訪問がかないました。7代目当主のクリス・ブランディー氏とは、2018年に、マデイラワインバー「マデイラエントラーダ」(東京・銀座)の試飲会でお会いしたのですが、家族経営のワイナリーとしても、産地のリーディングワイナリーとしても、尊敬すべき生産者です。

クリスは、より良い環境での貯蔵を目指し、かつてマデイラ島の中心都市フンシャルにあった醸造所を、港に近いカニサルへと移しています。ワインは貯蔵中も生き続けます。品種や産地だけではなく、温度や湿度、熟成容器などの非常に細やかな条件が、大きな味わいの差を生むのです。

クリスは、「マデイラにおいて、風土とは畑の条件だけを指すのではなく、熟成環境も入ると思っている」と言います。まさに、マデイラ島特有の気候が、あの独特な風味を生み出していることを実感しました。

長期熟成が味わいの主たる特性となるマデイラにおいては、これまで貯蔵の研究に焦点を当てていたということですが、「これからは、ブドウ栽培にも注力していきたい」とのクリスの言葉にさらなる伸びしろを感じました。

醸造所では、ワインメーカー(醸造家)のフランシスコ・アルブケルケ氏と一緒に、「Sercial  1990」「Malmsey 1991」「Verdelho1982」「Bual 1976」を試飲させていただきました。ブドウ品種名がそのままワイン名となるマデイラでは、品種ごとにその甘味の強弱は異なりますが、どのワインも複雑で、香り高く、酸を骨格とした味わいと長い余韻に圧倒されました。これが「マデイラ」なのだと心に響きました。

マデイラのような、収穫をしたブドウがワインになってからも、何十年という時を経て世に送り出される長期熟成型のワインを生み出す生産者にとって、継承していくことの重要性を考えさせられます。

日本からマデイラ島までは、ポルトガルの首都リスボン経由の航空便、もしくは、ロンドンなどからも直行便を利用することができます。マデイラ島は、飾らない壮大な自然が魅力的でもありました。オンシーズンでなかったせいなのか、人も少なく、マデイラ島で過ごした時間は、ワインが長い熟成を経るようにゆっくりと流れていきました。マデイラ島にご旅行の際は、ぜひフンシャル市内に構える「ブランディーズワインロッジ」にも足を運んでみてください。きっとマデイラの歴史をご理解いただけることと思います。


ブランディーズワインロッジ

日本でも、熟成したマデイラの数々は「マデイラエントラーダ」にてお楽しみいただけます。この記事をお読みくださり、唯一無二のワイン「マデイラ」にご興味を持っていただけたならうれしく思います。

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