介護中の妻(当時85)を殺害し、殺人の罪に問われた吉田友貞被告(80)に20日、東京地裁で懲役3年、執行猶予5年の判決が言い渡された。17日の論告で、検察は懲役7年を求刑していた。
吉田被告は昨年10月1日頃、東京都世田谷区の自宅で妻の首に電源コードを巻きつけて殺害した。当時、妻は認知機能の低下による被害妄想や支離滅裂な言動が激しく、1日夜も被告が数時間にわたってなだめたがおさまらなかったという。いわゆる「老老介護」で追いつめられた末の犯行だった。
公訴事実に争いはなく、量刑を争点に今月12日から裁判員裁判で審理が進められていた。
「しっかり者で几帳面」だった妻
都内の百貨店に勤めていた被告と妻は職場で出会い、1994年に結婚した。ふたりの間に実子はおらず、事件現場となった世田谷区の共同住宅には2016年頃に引っ越してきたという。
14日の被告人質問で本人が語ったところによると、妻はもともと「しっかり者で几帳面(きちょうめん)」だったそうだ。
ところが2016年頃から、視覚障害と加齢進行にともなう認知機能の低下が見られはじめ、妻の介助と家事全般を被告が担うようになった。そして事件発生直前の昨年夏頃、妻は視力のほとんどを失ったことに加えて、認知機能も急激に低下。同年9月までに被害妄想や支離滅裂な言動、徘徊(はいかい)などによって、近隣住民にも影響が及ぶようになったという。
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「妻の希望は極力かなえたい」
被告は元来、非常に責任感が強く、心根の優しい性格だった。長妹は上申書で「兄は小さいときからおとなしく、真面目で物静か。乱暴しているのも見たことがない」、次妹は証人尋問で「おとなしくて優しい性格。きょうだいげんかも記憶にない」と証言している。
被告は「妻の希望は極力かなえたい」との思いから、こだわりの強い妻のために朝食には必ず3種類のフルーツを用意。また、妻が「(家の中へ)他人に入ってきてほしくない」と言ったため、ケアマネジャーなどは契約せず、被告がほぼワンオペで介護を行っていた。
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それでも被告は「夫が妻の面倒を見るのは当たり前」として献身的に家事や介護を続けたが、徐々に自分ひとりで対処することは難しい状況に陥っていく。他に頼れる家族もいない中(※1)、地域包括支援センターに相談したものの抜本的な解決には至らず、「これ以上自分の家族のことで他人に迷惑を掛けたくない」「妻を殺して自分も死ぬしかない」と思うようになる。
※1 妹たちは当時、亡くなった長姉の葬儀などで手一杯だった。被告もそれを分かっており、助けを求めることはなかったという。
そして昨年10月1日夜、妻の言動が手を付けられないほど激しくなったことが引き金となり、ついに犯行に至った。
「法律上許される最高の刑期、執行猶予」
長期間にわたって閉塞(へいそく)的な介護生活を強いられれば、介護相手に対して不満がたまっていきそうなものだが、被告は一連の公判で妻への不満を一切口にしなかった。そればかりか、その言葉からは深い自責の念、そして妻に向けた愛情が痛いほど感じられた。
判決当日、法廷に現れた被告はこれまでの公判よりも疲れた様子だった。開廷後、裁判長に「(証言台の)イスに座ってください」と促されると、立ち上がって深い息をつき、証言台へ移動。イスに座ると、裁判官や裁判員に向かって深く頭を下げた。
公判中、被告は介護生活を振り返り「ストレスは感じていなかった」と話していたものの、裁判長は「(本人が)自覚のないままに疲労感やストレスを蓄積していたことは容易に想像できる」「視野が狭くなった状態で犯行に及んだことは想像に難くない」と指摘。被告の置かれていた状況、本件に至る経緯を考慮した上で、執行猶予を付けたと説明した。
ただし「身勝手な行為に対する非難は免れない」「結果は重いということは何回も強調したい」とも述べ、「法律上許される最高の刑期、執行猶予とした」(※2)と言い添えた。
※2 執行猶予は「3年以下の懲役・禁錮または50万円以下の罰金」の判決にのみ付されるため、刑罰が「死刑または無期もしくは5年以上の有期懲役」である殺人罪には原則として適用されない。ただし「罪を犯したことに酌むべき事情がある場合」などは例外的に減刑され、懲役の刑期が3年以下に短縮される場合がある。また、執行猶予の期間は最長5年。
被告は公判中、「こんな結末は夢にも思わなかった」と声を震わせながら語っていた。厚労省の調査(※3)によれば、要介護者等のいる世帯のうち「老老介護」をしている世帯(※4)は、2022年時点で63.5%となっている。
※3 「国民生活基礎調査」の一環として3年に1度実施している介護の状況調査
※4 「要介護者等」と「同居の主な介護者」がともに65歳以上だった割合
この先、老老介護が増加することは想像に難くない。同様の事件を防ぐために社会全体で対策を講じることは、火急の問題である。