多くの人が不安を抱える「親の介護」問題。内閣府が行った調査(高齢社会白書:平成30年)では、73.5%が自宅での介護を望む一方、介護する側の負担も大きいことから、近年、老人ホームなどの介護施設を利用する人も増えています。しかし、介護施設も「入居できれば安心」とは限りません。本記事では、Aさんの事例とともにに介護施設の注意点について、CFPの伊藤貴徳氏が解説します。

介護の限界を迎えた51歳女性・Aさん

Aさん(51歳・女性)は現在、父(81歳)と2人で暮らしています。父は現在、認知症を発症し要介護3と認定。Aさんの母が6年前に他界したころから父の体調に変化が生じ、認知症の症状が出るようになったのでした。以前は1人で実家の近くのアパートを借りていたものの、母が亡くなった直後に父を心配し、実家へ戻ってきたのです。

・Aさん:51歳(正社員:事務職)月収29万円

・父:81歳(年金月16万円)

・母は病で6年前に他界。その後父の認知症が発症、徐々に悪化

・父は認知症と診断され要介護3の状態

はじめは軽い物忘れや気分の浮き沈みがあるなどの状態でしたが、次第に他界したはずの母がまだ健在であるかのように家のなかを探し回ったり、夜中に家を抜け出し徘徊をしたりと症状が進んでいきました。

Aさんは仕事を続けながら献身的に父の介護を続けていました。仕事にいかなくてはいけない日中はデイサービスを活用し、休日は自身で世話を行いました。職場の理解もあり、勤務時間を多少調整してもらいながらなんとか介護を続けてきました。

「お父さんは仕事人間だったから、1人じゃなにもできないの。大変かもしれないけれど、あとのことはよろしくね」

そんな生前の母の言葉をずっと胸に刻み、1人きりで奮闘していたのでした。しかし、父の介護を続けて5年目に差し掛かったころ、認知症の進行につれ介護が厳しい状態となります。父の世話に費やす時間が増え、仕事や日常生活にも支障をきたすようになってきました。

物で散らかったリビング、洗い物の溜まったキッチン……。見えない介護生活の終わり。「頑張るって誓ったけれど、お母さんごめんなさい。もう無理かもしれない……」

Aさんの心は限界を迎えていました。ついに、父を介護施設に入所させることを決意します。

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日本の高齢者割合と介護の実態

内閣府「令和5年版高齢社会白書」によると、令和4年10月1日現在、65歳以上人口は3,624万人となり、総人口に占める割合は29%となりました。つまり、日本の人口における65歳以上の人口は29%となっており、およそ3.4人に1人が65歳以上という水準となっていることがわかります※1。今後も少子高齢化は進み、令和19年には33.3%、令和52年には38.7%に達すると予想されています。高齢化が進むなか、介護を受ける方も増えています。

厚生労働省「令和3年度 介護保険事業状況報告(年報)」によると、要介護(要支援者)数は、令和3年度末現在で約690万人となっています。要介護(要支援者)数は、介護保険制度が始まった平成12年から増加を続け、今度も依然として増加が見込まれています※2。

代表的な介護施設の種類と特徴

日本では主に要介護者に向け、介護保険サービスとして利用できる介護施設があります。民間の老人ホームに比べると比較的費用が安く利用できるメリットがあります。

代表的な施設は下記のとおりです。

■特別養護老人ホーム

常時介護を必要とし、在宅での生活が困難な高齢者に対し介護を提供する施設

原則、要介護3以上の方を対象、入居生活がメイン

■介護老人保健施設

介護を必要とする高齢者の自立支援を目的とした施設

要介護1〜5の方を対象、入院治療ではなくリハビリ中心

■介護療養型医療施設

比較的重度の要介護者に対して医療処置、リハビリを行う

Aさんは特別養護老人ホームに父を入所させることに決めました。Aさん親子は関東の郊外に住んでおり、申し込みから数ヵ月で希望の施設へ入所が決定。比較的スムーズに入所が決まりました。無事に父を施設へ送り出し、1人の生活となり、ほっとしたような、寂しいような感情が押し寄せます。

「悲しんでなんかいられない。まずは家のことをきっちりもとどおりにしないと。自分の生活もあるんだから!」一人暮らしの生活に戻ったAさん。

それから時は流れ、ちょうど父の入所から1年が経ったころ。特養からAさんのもとへ連絡がありました。昨今の人手不足の影響もあり、施設長から直々の連絡でした。