岐阜県の県立高校で、部活動顧問の男性教師が試合に負けた部員たちへ“丸刈り”にするよう強要していたことが明らかとなり、話題になっている。報道によると、県教育委員会はこれが不適切な指導だったとして、当該の教師を文書訓告処分としたようだ。
過去の裁判例に照らすと、丸刈りの強要は不法行為であり、慰謝料が発生する可能性が高い。「昭和の時代は許された」などの声も聞こえるが、いくら教育目的があったとしても違法であると筆者は考える。(弁護士・林 孝匡)
「全員丸坊主にするか、俺が辞めるか」
まず、今回の事件を見ていこう。報道によると、2022年9月、男性顧問は部員に対して「全員丸坊主にするか、俺が辞めるか」などと丸刈りを強要するような発言をしたという。その理由は、部員が試合に負けたから。16人の部員は、半ば強制を受けるかたちで丸刈りにした。
さらに男性顧問は2023年3月にも、髪が伸びてきた部員に「次の練習までに切ってこなかったら殴るぞ」と発言。これらについて、県教委は冒頭のように「不適切な指導」と認定し、男性顧問を文書訓告の処分とした。
顧問の「不適切指導」慰謝料が認められた裁判例
部活動顧問の不適切指導をめぐり、過去には裁判で争われた事例がある。
ある高校の空手道部顧問が部員に対して、▽練習に参加させない▽インターハイ予選・本戦での差別的取り扱い▽退部届の強要などの不適切な指導を行った。
部員が訴訟を提起したところ、顧問と学校に対して慰謝料70万円の支払いが命じられた。裁判所は上記不適切指導について、「これらの行為は客観的な合理性・相当性を欠くものであって、部活動の顧問(監督)としての裁量の範囲を逸脱する違法な行為に当たると評価せざるを得ないから、不法行為にあたる」と判断している。(大阪地裁 H29.6.13)
ちなみに、その高校は空手道の強豪校。さらに、顧問は元世界王者で、ナショナルチームのコーチを長く務め、高校の監督としても全国制覇の実績があり、空手道界で絶大な影響力を持っていた。年齢は不明であるが、顧問自身が受けてきた旧来型の“違法な指導”を、教え子にも施してしまったのかもしれない。
教師の指導が許容される“限度”
学校教育法には以下の規定がある。
■ 学校教育法11条
校長及び教員は、教育上必要があると認めるときは、文部科学大臣の定めるところにより、児童、生徒及び学生に懲戒を加えることができる。ただし、体罰を加えることはできない。
教師の生徒に対する指導(懲戒)が違法か合法かを判断するにあたって、裁判所では一般的に▽その指導に客観的な合理性・相当性があるか▽指導者としての裁量の範囲を逸脱していないかの2点について審理される。
丸刈りの強要についてこれらを検討した場合、違法になる可能性が極めて高いだろう。教師が生徒に丸刈りを強要する合理性は見当たらず、指導者としての指導の範囲を逸脱していることは明らかだからだ。教師が自らの手で生徒を丸刈りにすることはもちろん、「丸刈りにしてこい」と命じることも違法になると考えられる。
上司が部下に“丸刈り”を強要したら?
では、丸刈りの強要が学校ではなく「会社」で行われた場合はどうなるのか。実際に起きた事件を参考にする。
ある会社で、部下の帰社が遅れたことに立腹した上司が“制裁”として、部下の頭頂部と前髪を刈って落武者風の髪型にし、頭を洗車用スポンジで洗い、最終的に丸刈りにした。さらに別の従業員がその部下を下着姿にして、洗車用の高圧洗浄機を至近距離から噴射。洗車用ブラシで身体を洗うなどしたが、上司はその場で黙認していた。この一連のイジメ等について、裁判所は慰謝料100万円の支払いを命じている。(福岡地裁 H30.9.14)
仮に丸刈りにしただけだったとしても、多少の減額こそあれ、慰謝料は発生していただろう。
また丸刈りまでいかなくとも、上司が部下の髪に整髪料をつけて強制的に髪型を変えたことに対し、慰謝料が認められた事件もある。その回数は8回にも及び、裁判所は「上司の行為は部下に屈辱感を与え、その人格的利益を侵害することは明らか」として慰謝料25万円の支払いを命じた。(水戸地裁 R5.4.14)
判例から考えられる“違法指導”の基準
上記裁判例に照らすと、いくら教育目的があるとはいえ、生徒を強制的に丸刈りにさせることは生徒に屈辱感を与え、人格的利益を侵害することは明らかなので、違法であろう。
他にも手を出すなどの有形力の行使や、行き過ぎた暴言などは、過去の裁判例に照らせば「客観的な合理性・相当性を欠いており、その裁量の範囲を逸脱しており違法」と判断される可能性が高い。
最後に
時代は変わった。もはや「体育会系の部活なのだから多少の暴力、制裁や暴言があっても問題なし」という考えは通用しない。今回の丸刈り強要事件がどのようにして明るみに出たかは定かでないが、生徒からの苦情が発端となったのかもしれない。
この記事を読んでいる学生がいたら、不適切な指導をされた場合は保護者に相談し、教育委員会等に訴え出ていただきたい。あなたの勇気ある一声で、中高スポーツの指導現場が生まれ変わる可能性があるからだ。