「アライ」という存在の落とし穴。理解促進に必要な視点
――性的マイノリティへの理解を促進する活動の中で、見えてきた課題はありますか?
松岡:「アライ」という考え方にもいくつか落とし穴があると思っています。1つは「性的マイノリティ当事者」と「非当事者のアライ」とを完全に2分化してとらえてしまうこと。実際には性のあり方はグラデーションなので、過度に当事者/非当事者と分ける考えには注意が必要だと思います。
もう1つは、「アライ」と自認する人が「LGBTQ当事者はかわいそうな人」「アライは当事者を助けてあげる人」というように、無意識のうちに上から目線のようになってしまうことです。
実際に、ある企業で「LGBTQ」に関する取り組みを進める上で匿名のアンケートを実施したところ、当事者社員から「やめてほしい」という回答があったそうなのですが、これに対し、「アライ」の担当者が「当事者のためにやってあげているのに」と発言するのを耳にしたことがありました。
当事者からすれば、長年、自分のセクシュアリティを隠し通してきたのに、いきなり表に引きずり出されるような感覚になり会社の取り組みに拒否感を持つことはあると思います。「LGBTQ」の当事者といっても一枚岩ではありません。救世主的な「してあげている」という捉え方には注意が必要だと考えます。
大切なのは性的マイノリティと「アライ」を完全に線引きせず、また、「助けてあげる」のではなく、「不平等や不均衡をなくす」という認識を持つことなのではと思います。
――「アライ」の人にとって、そのような落とし穴に陥らないためには、どのような心構えが必要なのでしょうか?
松岡:「アライ」をアイデンティティとしては捉えず、常に「アライであろうとする姿勢」を意識し続けることが重要なのかもしれません。
具体的には性的マイノリティを取り巻く社会の現状を知り、自身の認識や言動を変えてみて、社会に対して発信したり行動したりする。その過程でまた知らなかったことが見えてきて、認識や行動をアップデートする。このサイクルを回すことこそが「アライシップ」、つまり「アライであろうとする姿勢」ではないかと思います。
――一方で、性的マイノリティへの理解促進において、当事者側ができることは何かありますか?
松岡:多くの人に性的マイノリティを身近に感じてもらうためには、やはり当事者の人とマジョリティ側にいる当事者でない人が実際に関わることが必要だと思います。
そのためには、当事者がカミングアウトすることが重要になりますが、カミングアウトの強制はするべきではないですね。するかしないか、いつするかも本人が決めるべきこと。その意思は尊重されるべきです。
ただ、なかには私のようにカミングアウトがスムーズにいく環境に身を置いている当事者の方もいると思います。もし余力があれば、そういった方に周りにいる当事者や次の世代のために何かサポートをしてほしいですね。
例えば、会社で同性パートナーへの福利厚生制度の適用について人事に掛け合ってみるとか……。実際に当事者が身近にいると分かれば、上司や同僚が「LGBTQ」に対する理解のない発言をすることも減るかもしれません。身近なところからできることを考えてみてもらえればと思います。
――さらに性的マイノリティ当事者と一緒に「アライ」が働きかけると、組織の中での理解が広まりそうですね。
松岡:そうですね。偏見に基づく発言をしている人に「それ問題です」と当事者から声を上げることは難しいことが多いと感じます。ハラスメントを受けて心に傷を負ってしまう可能性もあるので、当事者じゃない立場の人から声を上げてもらうと説得力も増し、組織全体の理解を深めやすいかもしれませんね。
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知識だけでなく、身近な存在として捉えることが大切
――性的マイノリティへの理解は進んでいるものの、まだまだ当事者が生きやすい社会ではないように感じます。どんな性の在り方でも生きやすい社会をつくるには、どのような取り組みが必要だと思われますか?
松岡:社会の枠組みとして、まずは法制度を整えることが大事だと思っています。理解を先に進めてから法律を整備することが順当だと言われることもありますが、私はやはり平等な制度があってこそ人々の認識が変わると考えています。
例えば、「LGBT理解増進法」が施行されましたが、差別を禁止する規定はなく、解雇やサービス提供拒否など具体的な差別の被害に対応できません。性的指向や性自認を理由とする差別を禁止する法律も必要だと考えます。
差別は駄目だというルールが根本にあることによって、一人一人が「差別とは何だろう」「どのような差別をしてはいけないのか」と考え、認識を変えていくはずです。昨今は同性婚(※)に関するニュースが多く取り上げられていますが、これも同様に、同性婚が法制化され「婚姻の平等」が実現することで、異性カップルも同性カップルも同じように平等な存在だと捉える人が増えていくと思っています。
※
日本の法律では、法律上同性のカップルは結婚が認められていない
政府に対し、「LGBTQ」に関する法整備を求める署名活動も展開する松岡さん(右から3人目)。写真提供:一般社団法人fair
――社会の取り組みと共に、私たち一人一人ができることはありますか?
松岡:「LGBTQ」といった言葉は知られるようになりましたが、まだ身近な存在と捉えている人は多いとはいえません。その壁を超えるためには、まず当事者を取り巻く社会の現状について知ること、実際に当事者と知り合って肌感覚としても知ることが大切ではないでしょうか。
一人一人にできることはたくさんあります。例えば、SNSやメディアを通して性的マイノリティのニュースを積極的に見るようにしたり、できればSNSでいいねやシェアすることから始めたりするのも良いと思います。こうしたニュースを切り口に、身近な人との会話の中でも、性の多様性をポジティブに捉えていることを話してみるのも良いかもしれません。
また自分について話すときが、自分自身の性の多様性に関する捉え方を伝えるシグナルになることがある、と知っておいてほしいですね。
私の知人の男性のケースですが、職場で自分の妻のことを「パートナー」と表現して話していたそうなんです。なかなかその職場では自分の配偶者をパートナーと呼ぶ人はいなかったそうで。その方は数カ月後、別の同僚から性的マイノリティだとカミングアウトを受けたそうです。言葉の選び方一つとっても、当事者は「この人なら伝えても大丈夫かもしれない」と敏感に感じ取っていたりするんですよね。
性的マイノリティへの理解促進に必要な取り組みについて語る松岡さん
――同性同士の恋愛ではよく用いられる「パートナー」という言葉で、その人が性的マイノリティに対してポジティブに捉えているというシグナルになったのですね。
松岡:そうですね。私の知人のように、自分のことを話すときも、ジェンダーニュートラルな言葉に変えることで、「アライ」でありたいと思っている姿勢を発信するきっかけになったりすることもあります。
また、さらに踏み込んで活動できるのであれば、NPOといった団体に参加するのも1つの手段だと思います。婚姻の平等の実現(同性婚の法制化)を求めている団体や、性の多様性に関する教育を広げていこうとしている団体などがあります。できるところから徐々に支援の段階を上げて関わっていってもらえるとうれしいなと思います。
編集後記
取材中、松岡さんがお話しされた「誰もが誰かのアライになれる」という言葉に心を打たれました。
それはきっと性的マイノリティの問題に限ったことではありません。マジョリティ、マイノリティに関係なく、互いに抱えている困り事や悩みに寄り添い、支え合うことができれば、誰もが生きやすい社会の実現につながると思いました。
私もそんなやさしい社会をつくる一歩を踏み出してみたいと思います。
撮影:永西永実