June.28 – July.04, 2024
Saturday Morning
Title.
The Sound Of Someone You Love Who’s Going Away And It Doesn’t Matter
Artist.
Penguin Cafe Orchestra アルペジオで奏でられるフォークソングのようなギター、そこにヴァイオリン、チェロ、キーボードが優しく絡みあう。休日の朝にふさわしい穏やかな室内楽、と思って聴いていると、後で少し痛い目に遭う。曲の中間部で調性は崩壊し、小節線も失われ、気味が悪いほどに平和だった音楽が一転し、カオティックな音世界が立ち現れる。
「いつの日か人類は調性音楽を捨て去り、無調の音楽にうっとりと耳を傾ける」。
20世紀、そのような未来を夢想した音楽家も多かったのではないだろうか。が、どうだろう。(大多数の)人類の聴覚はそのような方向に進歩(?)しなかった。楽器が奏でる無調音楽の響きから多くの人が感じるのは、不安や怖れ、「何やら得体の知れないものを聴いている」という焦燥や混乱だろう。その直感的な反応を「理解する素養がないから」などと後ろめたく思う必要はない。「なんだかよくわからない」という気持ちだって大事だ。それを大切にしてよいのだと思う。
…というような事を考えていると、音楽は進み、休日の朝の音楽が戻ってくる。無調の闇を通って来たぶん、いっそう穏やかな音楽に聴こえる。
曲のタイトルが意味深だが、単に音楽の標題性というものを揶揄したかったのかな、と思う。
アルバム『Music From The Penguin Cafe』収録。
Sunday Night
Title.
僕らのひみつ
Artist.
空気公団 静かに疾走する女性ヴォーカルのギターポップ。
空気公団の初期の初期、インディー時代の作品。山崎ゆかりの独特に穏やかな声の質感が素晴らしい。ギターもピアノも、オルガンもドラムも、その程よい粗さが心地よく、また格好いい。
若かりし頃、渋谷系界隈のバンドをサポートしていた事があり、インディーの新譜情報はいち早く届いた。空気公団の郷愁を感じつつ、どこか新しい音楽に魅せられて、「すごくいいよ。私を信じて聴きなさい」と、ザビエルのように布教していた日々を思い出す。
彼女らには「レモンを買おう」という名曲があるが、空気公団の音楽を聴いた後には「檸檬」(梶井基次郎)よりも「城のある町にて」(同)の読了感に似たものが残る。
日々の暮らしの中で、理不尽でやるせない出来事に振り回されながら、どこにもあるはずもない、穏やかで平明な世界を希求する。きっと裏切られてしまうのに、いつかそんな場所に行けるかもしれないという微かな希望。そんなものが、ふっと湧く。
明日は月曜日だ。
アルバム『くうきこうだん』収録。
&Music / 土曜の朝と日曜の夜の音楽 Ⅱ
音楽好きの“選曲家”たちが月替わりで登場し、土曜の朝と日曜の夜に聴きたい曲を毎週それぞれ1曲ずつセレクトする人気連載をまとめた「&Music」シリーズの第2弾。 23人の選曲家が選んだ、週末を心地よく過ごすための音楽、全200曲。 本書のためだけにまとめた、収録作品のディスクガイド付き。
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作曲家、ピアニスト 岩村竜太
新潟市出身、東京都在住。24調24曲のピアノ小品集『Sunday Impression』『Monday Impression』、読書のBGM、”聞くために読む”『Reading to Hear』、雨音と音楽の境界を行き交う『Raining to Hear』、都市のノイズと音楽のコラージュ『CITY』、トイ楽器と生活騒音の共鳴『Symphony』など、常に音楽と音、その聴取のあり方を問いかける作品を発表してきた。