NHKが6月25日に発表した2023年度の決算において、受信料収入が前年度より約396億円減の6328億円だったことがわかった。受信料の減収はこれで5年連続だが、過去最大の減少幅となった。また、34年ぶりの赤字決算となる。
受信料制度については古くから一部で根強い批判がある。近年ではNHK受信料の「スクランブル化」を政策に掲げる政党さえ登場している。現行の受信料制度はなぜ存在するのか。「スクランブル化」は法的にみて許容されるのか。この問題に詳しい荒川香遥弁護士(弁護士法人ダーウィン法律事務所代表)に聞いた。
受信料の支払いはなぜ「義務」なのか
NHK受信料の支払い義務の法的根拠については、放送法64条1項が以下の通り定めている。
「協会(NHK)の放送を受信することのできる受信設備を設置した者は、同項の認可を受けた受信契約の条項(認可契約条項)で定めるところにより、協会と受信契約を締結しなければならない」
荒川弁護士:「まず『受信することのできる受信設備』は、テレビだけではありません。テレビ放送を受信可能であればすべての物が含まれます。
たとえばカーナビやチューナー内蔵のスマートフォンもこれにあたります。テレビ放送を受信できる物を1台でも保有していれば、NHKと受信契約を結ばなければならないということです。
また、今年5月に国会で成立した放送法の改定により、新たにインターネットサービスがNHKの『必須業務』とされました。これにより、スマートフォンのアプリで番組を視聴する人にも受信料の支払いが義務付けられることが決まっています」
荒川香遥弁護士(弁護士法人ダーウィン法律事務所提供)
受信料制度は「違憲」ではないのか?
現行のNHKの受信料制度については、古くから、憲法違反ではないかという批判が根強い。
すなわち、NHKの番組を視聴したくない人までもが受信料を負担しなければならないのは、契約の自由(憲法13条・29条)、表現の自由(憲法21条)等に違反するとの主張がなされてきている。そして、裁判上でもその旨の主張が行われてきた。
荒川弁護士:「その気持ちは分からなくもありません。しかし、残念ながら、最高裁判所は、受信料制度は合憲との判断を示しています(最高裁平成29年(2017年)12月6日判決参照)。
判例の要旨を整理してみると『必要性』と『許容性』の両面からの判断を行っており、理屈はそれなりに通っていると言わざるを得ません」
荒川弁護士によると、上記最高裁判例の判旨は、受信料制度の「必要性」「許容性」についてそれぞれ以下の通り整理される。
【必要性】
①放送は国民の知る権利(憲法21条)に奉仕し、健全な民主主義の発達に寄与するものであり、そのために「公共放送」と「民放」が補い合う二本立ての体制がとられている
②NHKは「公共放送」として「国家権力」や「広告主」等の意向に左右されず、自律的に運営されなければならない
③自律的運営のためには、財源確保の制度として受信料制度が必要
【許容性】
①「受信料」について「国会の承認」が要求されている
②「受信契約の条項」について「総務大臣の認可」「電波監理審議会への諮問」が要求されている
受信料制度の「必要性」と「許容性」とは
まず「必要性」について。
荒川弁護士:「NHKの存在意義は、『公共性』『非営利性』『独立性』『公正性』に集約されます。これらは、ひとことで言えば、権力の意向を気にせずカネにならない必要・有益な番組を提供できるということです。
『非営利性』『独立性』『公正性』は、番組の内容と財源の両面において、スポンサーや政治権力の意向に左右されないということです。異論はあるかもしれませんが、NHKはこれを建前としています。
『公共性』の例は、すぐ思いつくだけでも2つあります。
1つ目の例は、災害などが発生したときに必要な情報を速やかに、時間の制限なく、切れ目なく提供することです。
今年1月1日に発生した能登半島地震の際、NHKでは正月の特番を取りやめ、すぐに災害報道を行い、長時間にわたって切れ目なく、津波に関する情報の提供と非難の呼びかけを徹底的に行いました。
アナウンサーが『今すぐ可能な限り高いところへ逃げること!』『東日本大震災を思い出してください!』と強い口調で連呼していたことを覚えている方もいるでしょう。
2つ目の例は、選挙の際の政見放送です。候補者が真面目に政策・公約を訴えるものであり、視聴率を期待できるものではありません。近年は大きな選挙でウケ狙いの泡沫(ほうまつ)候補者が増えてエンタメ化している面もありますが、それでも視聴率はたかが知れています。
いずれも、営利を目的としてスポンサーからの広告収入等に頼って運営されている民放には、担わせることがきわめて難しいものです。
これらはすぐに思いつくものですが、こういった、公共放送しかできないことは、他にもいろいろあります」
次に、「許容性」はどうか。
荒川弁護士:「許容性とは、受信料の額の決定や受信契約の内容などについて、民主的なコントロールが行われているかということです。
受信料の額については、国民から選挙された議員からなる国会の議決を経なければならないとしています。金額の設定根拠や、その額が過大ではないかについて、国会の場で合理的な説明がされ、かつ、チェックを受けることが求められています。
また、受信契約の内容についても、監督官庁や諮問機関のチェックを受けなければならないことになっています。
こういった厳格な手続きが法的に保障されているので、受信料制度は許容されるということです」
スクランブル化は「公共放送としての性質」に反する
このように、法律の専門家の観点からは、NHK受信料を「違憲」と断じることはきわめて難しいようである。しかし他方で、「視聴したくない人までが受信料の負担を義務付けられることに納得がいかない」という感情も理解できる。
そこで、よく代替案として俎上(そじょう)に挙げられるのが、一部の政党等も主張している「スクランブル化」である。これは、暗号化などによって、NHKの番組を視聴したい人のみが視聴でき、受信料を負担するしくみをさす。
現行の受信料制度に代わり、この「スクランブル化」を採用することはどうだろうか。
荒川弁護士:「私個人の好みはさておいて、少なくとも、ここまで述べてきた放送法の建前、最高裁判例の立場を前提とする限り、『スクランブル化』を採用することは、NHKの公共放送としての性質に反し、無理があると言わざるを得ません。
放送法の理念と判例の立場からみると、『スクランブル化』を許容できない理由は主に2つ挙げられます。
第一に、公共放送は、番組を視聴したい人のためだけのものではありません。前述した災害報道や政見放送などは、日本で暮らすすべての人のために必要なものです。
『スクランブル化』をした場合、営利と関係なく必要・有益な情報を提供するための放送が、国民に十分に行き届かなくなるおそれがあります。それではNHKの存在意義がなくなります。
第二に、『スクランブル化』をすると、NHKが民放以下の存在になってしまいかねないということです。
民放は誰でも視聴することができ、スポンサーからの広告収入を得ることもできます。しかし、もし『スクランブル化』すると、NHKはごく限られた視聴者にしか視聴されず、かつ受信料も激減し、公共放送に求められた前述のような役割を果たせなくなるおそれがあります。なお、場合によっては受信料の大幅値上げをせざるを得なくなる可能性もあるかもしれません。
『番組の内容・クオリティで勝負すればいい』という考え方もあるかもしれませんが、そのような『自由競争』的な発想は、公共放送の理念とはなじみにくいでしょう。
以上を考慮すると、『スクランブル化』を認めることは、放送法が定めた公共放送の存在意義自体を否定することになりかねません」
NHKに求められる「役割」のとらえ方
今日では、インターネットの発達に象徴されるように、メディアの多様化が進んでいる。テレビを持たない世帯も増えている。放送法が制定された1950年当時と比べると、テレビ放送がおかれた状況は大きく変わっている。
そのなかで、NHKの存在意義はどのように考えるべきか。
荒川弁護士:「個人の価値観により、様々な考え方があると思います。『NHKのような公共放送は役割を終えた』という見方もあるかもしれません。
今日では、誰でも気軽に情報を発信し、受け取れます。また、テレビに頼らなくても大量の情報を受け取ることができるようになっています。もうNHKは不要だというのも、ひとつの考え方です。
しかし、他方で、現在の状況は大きなリスクをはらんでいます。たとえば、デマ情報が真実であるかのように広まってしまうことがあります。また、差別的な言論も広まりやすくなっています。
そういった情報がいったん広まると、いわゆる『対抗言論』によって是正することは現実にはきわめて困難であり、取り返しのつかない被害をもたらす例が実際に発生しています。
最悪の場合、社会に無用かつ深刻な分断をもたらす危険性、社会自体を壊してしまう危険性があります。
もし、NHKの存在意義があるとしたら、『公共性』『非営利性』『独立性』『公正性』を徹底して貫き、選び抜かれた必要・有益な情報を提供し続けることだと考えられます」
時の政治権力や一部の社会的権力の意向に忖度した報道・番組作りを行った場合や、不祥事がたび重なった場合には、公共放送としての存在意義を失うということである。
現に放送法が定められており、NHKが存在する以上、私たち国民には、受信料制度への賛否にかかわらず、NHKが放送法の理念にのっとった活動をしているか、絶えず監視し続けることが求められる。