Theaster Gates
シアスター・ゲイツ Theaster Gates
1973- / USA
No. 128
米国イリノイ州シカゴ生まれ、9人兄弟の末っ子で唯一の男児だった。父親は屋根職人、母親は教師で、家族でバプテスト教会に通いクワイアメンバーでもあった。1996年にアイオワ州立大学で都市計画と陶芸の学士号を取得。卒業後は主に陶芸に従事し、2004年に常滑市で陶芸を学ぶ。南アフリカの宗教を探求するためにケープタウン大学で美術と宗教学の修士号を取得。国際芸術祭「あいち2022」では土管製造を行っていたの古民家を再利用したプラットフォーム「ザ・リスニング・ハウス」ではDJ姿を披露。様々なメディアを横断する活動を行い米国の現代美術を代表するブラック・アーティストのひとり。
黒人文化と民藝運動を融合させた
シアスター・ゲイツ
黒人アートの代表的なアーティストと言えば、多くの人がジャン=ミシェル・バスキアのことを思い浮かべると思いますが、意外にも当のバスキア本人は“黒人アーティスト”というレッテルを貼られるのを嫌っていたといいます。一方、黒人であることを誇りにし、「ブラックネス(黒人らしさ)」を全面的に打ち出した活動を行なっているのがシカゴ在住のシアスター・ゲイツというアーティストです。
現在、森美術館で行われているゲイツの展覧会に足を運ばれた方は、その度肝を抜く質と量、濃度、そして黒人であるプライドやブラックカルチャーを題材にした多様なアプローチのインスタレーションに驚かれたのではないでしょうか。僕もその一人で、彼のアートはアフリカ系アメリカ人である彼自身のアイデンティティの検証が創作の礎となっていると思われるのですが、今回の展示がさらにユニークなのは、「アフロ民藝」というタイトルからも連想されるように、日本の民藝や工芸、その作り手との彼の関わりを考察している点で、このアーティストの際立った独創性が日本人により身近に感じられる内容となっているところです。
米国シカゴのサウス・サイド地区を拠点とするゲイツは、本来得意とする陶芸と立体作品の制作に並行して、現代アートの範疇に留まらない社会的規模の活動を行なっています。例えば、自らが率いる南部の黒人伝統音楽をベースにしたThe Black Monksでの実験的な音楽活動や、40軒以上の空き家を再生し低所得者が多く住む地元コミュニティへ還元したり、黒人の歴史や地域にまつわる映画を上映する「ブラック・シネマ・ハウス」を開設したりと、都市における再生や社会活動に長年取り組んできたのです。
そんなゲイツが民藝運動とブラック・アートを融合させるきっかけとなったのが、無名の工人による生活道具に美を見出した柳宗悦の思想に触発されたことにありました。外部からの文化的アイデンティティの押し付けに抵抗する姿を民藝運動に見出した彼は、白人の圧力に抵抗してきた黒人たちの姿を重ね合わせようとしたのです。ゲイツの日本との関わりは意外にも古く、2004年に陶芸を学ぶために愛知の常滑に初来日して以来、日本文化や日本で作ったオブジェ、陶芸を取り入れてきました。常滑コミュニティへのゲイツの思いも深く、「常滑は私を変えてくれた場所であり、より良いアーティストになるための訓練や刺激を受けた、世界でもっとも重要な場所のひとつだ」と語っているほどなのです。
今回の展示も、常滑で焼かれた約1万4千個のレンガを敷き詰めた部屋から始まります。常滑の陶芸家として知られた故・小出芳弘氏の陶芸コレクションをまるごと買取り、壁一面を埋め尽くした展示は見るものを圧倒するはずです。他にも、天井高の展示室に黒人の歴史や文化に関する本を並べた「ブラック・ライブラリー」は、約2万冊にも及ぶ書籍(本展では日本語で書かれた本や雑誌も含まれています)が閲覧できたり、広告もすべて黒人オンリーの『EBONY』『JET』といった日本人には馴染みのないない雑誌が置かれていたりといった体験型セクションも設けられています。
体験型といえば『みんなで酒を飲もう』(2024年)と題されたインスタレーションもユニークです。本人が制作した陶器ではなく貧乏徳利を棚に大量に整然と並べた展示なのですが(ちなみに「貧乏徳利」とは家で飲んだ後に、酒屋で酒を再び入れてもらう瓶のことです)、日本人のリサイクル文化を讃える意図も込められているそうです。この部屋はなぜかディスコのようなキラキラした光やネオンが照らし出しているのですが、そこでちょうど流れていたレコードがフィラデルフィア・ソウルの重鎮、ザ・スタイリスティックスだったのですが、個人的にはあのような黒人音楽を聴き親しんだことで、黒人文化が少しながらも身近に感じていた頃を懐かしく思い起こしてしまいました。
このようにジャンルの垣根を超えたゲイツのブラック・アイデンティティをテーマにした幅広い活動を象徴する言葉として「ブラック・イズ・ビューティフル」というのがあります。これは1954年から1968年まで盛んに行われていたアメリカの公民権運動の時の鍵となったスローガンなのですが、この言葉の精神性や美学を今の時代に体感するのがゲイツの芸術活動だといえるかもしれません。それに加えて、日本文化との彼の個人的な関わりを融合させることで、異文化の交わりから生み出される新たな可能性を提示したこのアーティストの柔軟さには、学び以上の高揚感を覚えてしまうのです。
Illustration: SANDER STUDIO
『シアスター・ゲイツ展:アフロ民藝 展覧会カタログ』(森美術館)シアスター・ゲイツ自身によるテキストをはじめ、森美術館館長によるインタビューや、キュレーターやアーティストたちによる論考を掲載。
展覧会情報
シアスター・ゲイツ展:アフロ民藝
会期:2024年4月24日~9月1日
会場:森美術館
住所:東京都港区六本木6-10-1 六本木ヒルズ森タワー53階
文/河内 タカ
高校卒業後、サンフランシスコのアートカレッジに留学。NYに拠点を移し展覧会のキュレーションや写真集を数多く手がけ、2011年長年に及ぶ米国生活を終え帰国。2016年には海外での体験をもとにアートや写真のことを書き綴った著書『アートの入り口(アメリカ編)』と続編となる『ヨーロッパ編』を刊行。現在は創業130年を向かえた京都便利堂にて写真の古典技法であるコロタイプの普及を目指した様々なプロジェクトに携わっている。この連載から派生した『芸術家たち 建築とデザインの巨匠 編』(アカツキプレス)を2019年4月に出版、続編『芸術家たち ミッドセンチュリーの偉人 編』(アカツキプレス)が2020年10月に発売となった。