その土地でしか味わえない食や、ものづくりに出合うことは、旅における大きな楽しみのひとつ。さらに、その町に暮らす人たちが織り成すカルチャーに触れられれば、より一層、旅の思い出が心に刻まれるもの。訪れたのは日本で4番目の人口規模を誇る札幌市。でも歩いてみると、どこかのんびりとした空気が流れている。今回の案内人でレストラン『グリ』を営む小野理恵子さんにとってこの町は「いい意味で頑張りすぎず、それぞれ個人の”好き”を表現できる場所」。同じ思いを持つ人々が集う、大好きなスポットを聞いてみた。

24の写真で辿る、美しい暮らしのある町・札幌。


『サビタ』(札幌市中央区北1条西28−2−35)では安藤雅信やイイホシユミコのほか、道内の作家の作品も扱う。


ここでは北海道の〈お茶の土倉〉が手がける「土熊」の商品も。熊が急須をくわえた「土熊最中」は札幌の木工作家・辻有希のプレートと一緒にお土産に。


道内産食材が豊富な『フーズバラエティすぎはら』(中央区宮の森1条9−3−13)。


店内には道内の小規模農家のチーズなど、レアな商品も多数。必ずスタッフが試食してから仕入れるこだわりの品が並ぶ。


スパイス料理とナチュラルワインの『みち草バザール』(中央区南6条西22−3−56)は予約コースのみだが、当日空きがあれば裏メニューとして人気のカレープレート(¥2,500)を注文可能。夜のみ営業。


道内ワイナリーのナチュラルワインも。


『ストリートライトブルーイング』(中央区北10条西19−1−1)では常時10種類以上のクラフトビールを楽しめる。


醸造所を見ながら樽生のビールや軽食を味わえる。食べ物の持ち込みOK。


藻岩山麓にあるギャラリー『エフロクブンノイチ展示室』(南区藻岩下1−2−16)では衣類やアートなど随時様々な展示が。


ギャラリーの窓からは新緑や紅葉など季節の風景が見られる。屋外では森林浴も。


初夏の札幌はライラックが満開。


24時間営業のサンドイッチ店『サンドリア』(中央区南8条西9−758−14)。イカカツサンド(¥330)など種類豊富。


フランスの古家具と衣類を扱う『アンプラグド』(中央区南3条西8−11−3−1F)は塗装を剥がし、無垢にした家具が魅力。


『北海道大学植物園』(中央区北3条西8) は森の中に重要文化財の建築も多数。


北海道の季節の花も並ぶ生花店『ウルムス』(中央区北3条西12−2−1)。野の花を思わせるナチュラルな品揃え。


レコードと自家焙煎コーヒーを楽しめる『チバハウス』(中央区北3条西12−2−1)。キッシュやカレーなどのフードを展開。


ここのブレンドコーヒー「バカラック」(¥600)は店主が敬愛する作曲家の美しい旋律をイメージして焙煎している。


『北海道大学第一農場』(北区北14条西)では牛や羊の姿をフェンス越しに見学。


『円錐書店』(中央区南17条西6−3−5)は美術や詩歌、写真集などの古書が豊富。


札幌では数少ない古い洋書を扱う書店として、小野さんも注目しているそう。


『北の和菓子 四代 嘉心』(中央区南2条西20−2−20)の大島饅頭(¥140)は黒糖生地がふんわり。小野さんの大好物。


『大通公園』では夏にビアガーデンも。


『石田珈琲店』(北区北16条西3−1−18)。自家焙煎のブレンドは『グリ』でも愛用。カスタードプリン(¥550)も人気。


扱うコーヒー豆は、常時10〜15種類。

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The Guide to Beautiful Towns_札幌

好きなものを分かち合う。穏やかで優しき北の文化。

「札幌で一番好きな風景はなんですかと聞かれたら、真っ先に浮かぶのが自宅の窓から見える景色なんです」と話す、レストラン『グリ』店主の小野理恵子さん。部屋の前には『北海道大学植物園』の森、その向こうに山々が広がる。初夏は新緑、秋は紅葉、そして冬は白銀の世界。札幌駅から徒歩10分ほどの中心地でこれほど豊かな自然を感じられるのは、札幌が都市として発展する傍ら自然を大切に守ってきた結果だ。市内には大通公園、円山公園など緑溢れる場所が多く、市街地を流れる豊平川には毎年鮭が遡上する。

「札幌は便利でお店も多いです。でも空気が綺麗で緑が近く、町も人も穏やか。私は旭川出身で、都会はちょっと怖いなと思っていたのですが、ここなら私でも暮らしていけるかなと思ったんです」

小野さんは2014年、料理人である夫の城碁さんとともに札幌中心部の狸小路商店街に『グリ』を開店。店を始めて10年になる。

「とはいえ冬はすごく寒くて、雪も多い。一年の半分くらいは厳しい環境なので、5月に入って暖かくなると心の底からウキウキするんです。冬の間、根菜ばかりで色に乏しかった野菜も色鮮やかになって、どんどん移り変わっていく。料理する側も食べる側も短い季節を味わい尽くすぞ!と一生懸命季節を追いかけるように動き出します。そしてその喜びや感動をみんなで分かち合いたいと思うんです。競争したり独り占めしたりしている場合じゃない。自分が心底好きというものを紹介したり、教えてもらったりしながら、短い夏を楽しみたいと考えているのかもしれませんね。だからこそ、どのスポットも“好き”という気持ちが溢れていると感じます」

たとえば熊をはじめ、道内を中心に様々な木彫りを扱う『遊木民』も、そんな店のひとつだ。

「札幌でこれほど多くの木彫りを扱うお店を見たことがありません。3代目店主の川口直人さんは木彫りに関する深い知識をお持ちですが、作家ものも貴重な骨董も、かつて土産物として生産されたものも平等に扱って、たくさんある木彫り熊でも『自分が好きだなと思った熊が、“いい熊”です。その価値はあなたが決めるものです』とおっしゃる。私の故郷の旭川も古くから木彫りを作ってきた土地なので、そんなふうに木彫りを紹介してくださる店が札幌にあることを嬉しく、誇らしく思います」

寒さ厳しい土地だからこそ分かち合いの精神が生まれるという点で『六花文庫』の存在は欠かせない。北海道を代表する菓子メーカー〈六花亭〉だが、『六花文庫』は同社が運営する私設図書館。ある新人社員が「お菓子の奥深さを伝える文庫をつくりたい」と発案したことから生まれ、約8000冊を無料で公開する。

「驚くのは蔵書のほとんどが食にまつわるものだということ。レシピ本や専門書はもちろん、小説や詩歌、美術、貴重な絶版本も。冬には薪ストーブの前で読書できます。本だけでなく心地いい空間までも提供するなんて、素晴らしい取り組みだと感じます」

同じ思いを持つ人の輪が緩やかに広がっていくのが札幌の店の魅力と語る小野さん。その中心にあるのが器と生活雑貨を扱うギャラリー&カフェ『サビタ』だ。

「オーナーの吉田真弓さんは全国から本当にいいと思うものだけを選び抜いて、様々なイベントも交えつつ、常に新しい価値観や感性を伝えてくれる方。私を含め、なかなか道外に出られない人にとって、この店はカルチャーの“窓”のような存在。訪れるたびワクワクするきっかけをもらえます。アイテムはもちろん吉田さんやスタッフの方とお話しするなかでいろいろな人を紹介していただくこともあって、自分の輪が静かに広がっていくような感覚があります」

『チバハウス』も、新しい出合いをくれる大切な場所だ。

「店主の千葉幸平さんがその日の空気感で選ぶレコードを聴きながら、昼は奥様のまどかさんが自家焙煎するコーヒー、夜はお酒をいただける店です。ヴィンテージオーディオから流れる音楽が心地よくて、CDを買うこともできます。どの選曲も穏やかで、静かに季節を感じられる。ここでたくさん新しい音楽に出合って、CDを持ち帰っては楽しんでいます」

小野さんが挙げる店は、誰かに紹介したいスポットであると同時に、自分の暮らしになくてはならないもの。それは厳しい冬を越すための支えであり、その後にめぐりくる心躍る季節を目いっぱい楽しむためのものでもある。それぞれの場所や人が緩やかにつながり、分かち合う。その静かな優しさがこの町のカルチャーを育み、訪れる人をおおらかに迎え入れる気質をつくっているのかもしれない。

小野理恵子 『グリ』オーナー

北海道旭川市生まれ。2014年、夫の城碁さんとともに札幌の狸小路商店街にレストラン『グリ』をオープン。北海道の食材を中心に季節を感じる料理を提供する。余市や岩見沢など道産のナチュラルワインも取り揃える。

Access

羽田空港から新千歳空港まで飛行機で約1時間30分。空港から札幌市内まではJR快速エアポートで約30分。札幌市内の移動は地下鉄かバスが便利。町の中心部にはレトロな路面電車も走り、各種交通系ICカードで乗車可能。市内50以上の拠点間でレンタル・返却できるレンタサイクル「ポロクル」も便利。

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photo : Kasane Nogawa illustration : Junichi Koka edit & text : Yuriko Kobayashi