覚えているだろうか?昨年の夏、川崎市の小学校で起きた“プール水出しっぱなし事件”を。教員が水を止め忘れて、プール6杯分もの水が流れ出してしまい、なんと190万円もの損害が出たという、あの大騒動だ。「こんなミスで教員が賠償金を払わされるなんて!」と、全国で大きな話題になった。
あれから1年。さすがにあれだけネットを騒がせたのだから、今年は、全国の学校で気をつけているだろう……そう思っていた方、残念ながら甘かったようだ。なんと今年も、プールシーズンが始まったばかりなのに、すでに全国各地で「水出しっぱなし」や「栓し忘れ」事件が続々と発生しているのだ。
◆大阪府大阪市:週末をはさんで61時間出しっぱなし
まずは大阪市から参ろう。2024年6月28日から7月1日にかけて、大阪市立矢田北小学校で驚くべき事件が起きた。なんと61時間も水を出しっぱなしにするという離れ業を披露してくれたのだ。6月28日金曜日の正午から7月1日月曜日の午前1時まで、ずっと水が流れっぱなし。
雨で中止になった授業のために注水し始めたものの、止めるのを忘れてしまったという。まるで、梅雨明け前の長雨のように、延々と水が流れ続けたわけだ。この間、教職員は誰一人として異変に気付かなかったようだ。ちょうど土日を挟んでしまったのも災いした事件。栓を閉めるのを忘れていたのを思い出した時には、どんな気分だったのだろうか。
◆東京都江戸川区:ひと月で2つの小学校が…
次は東京都江戸川区だ。ここでは、2024年6月だけで2つの小学校が水を出しっぱなしにしてしまっていたようだ。
南小岩第二小学校では、6月19日水曜日、教諭が水を入れ始めたまま帰宅してしまい、約20時間後の翌20日木曜日の朝まで気づかなかったという。プール約2.7杯分、690立方メートルもの水があふれ出た。この小学校では、出しっぱなしになることを防ぐために、マニュアルで職員室に「注水中」の掲示をすることを定めていた。しかし、当の教諭は掲示をしていなかった。しかも、この教諭は、副校長に水を入れていることを報告していたが、副校長も掲示を指示しなかったという。どんなに忙しかったり、面倒くさくてもマニュアルから外れた作業をしてはならない。典型的な「現場猫」案件といえるだろう。
一方、東葛西小学校では、6月6日木曜日の朝から昼にかけて、4時間の出しっぱなしで70立方メートルの水が無駄になっている。こちらは、報告を受けていた副校長が気付いたために、被害は最小限に抑えられたのである。
ともあれ、この件で無駄になった水道代は2校合わせて約51万円。1ヶ月の間に2回も水を出しっぱなしにしてしまった江戸川区。3度目がないことを祈りたい。
◆石川県小松市:13日間出し続け、約300万円の損害
石川県小松市の芦城小学校では、さらに驚くべき記録が。2024年5月29日から6月11日にかけて、なんと13日間にわたって水が流れ続けるという大技を披露したのだ。これは、プール開きに向けて注水する際に、泥抜き用のバルブから水が流れていたというもの。ようは、入れた水がすべて流れ出していたのである。しかも、発覚したのは11日の定期検針で同小の水道使用量が大幅に増えていたためである。
ここまで誰も気付かないと校内の人間関係が悪くて、コミュニケーションも取れていなかったのかなどと、色々邪推してしまう。損害額は約300万円。昨年の川崎市の事例をはるかに超え、筆者の調べた限りでは2011年に愛媛県松山市の中学校で発生した損害額約503万円(7月20日から9月7日まで出しっぱなしに)に次ぐ記録だ。
ちなみに、芦城小学校では2010年にも同様のミスが起こっているそう。この騒動を受けて、6月27日に、小松市の宮橋勝栄市長は市内の小中学校長に対し「今回の事案を人ごととせず、いつでも起こりうることとして対応してほしい」と訓示している。
◆東京都葛飾区:年末年始に何者かがバルブを開けた?
さらに、学校側が被害者という事件も起こっている。今年5月に葛飾区は、葛飾区立渋江小学校では、2023年12月26日から2024年1月1日にかけて、1385立方メートルもの水が流出。約106万円の損害になったことを発表している。
年末年始に「なぜ?」と思ったら、区教育委員会は何者かがバルブを開けた可能性もあるとして警察に相談をしているそう。その後、犯人が捕まったという報道はないので、周辺の小中学校にも注意して貰いたいところだ。
◆神奈川県横浜市:60万円弱の損害も「教諭に賠償を求めない」対応
最後に、今年1月に明らかになった横浜市立永田小学校の事例にも触れておきたい。同小学校では、2023年8月17日から20日にかけて、約3日間の注水ミスで812立方メートルの水が流出。損害額は約58万7千円に上った。
しかし、この事件で特筆すべきは横浜市教育委員会の対応だ。彼らは2024年1月17日に「重大な過失はない」として教諭に賠償を求めないことを決定したのだ。
横浜市教育委員会の判断根拠は興味深い。彼らは「給水や止水時の手順書の作成を学校側に指示していなかった」として、問題を個人の過失ではなく、システムの不備として捉えたのだ。これは、他の自治体とは一線を画す対応といえる。
一方、教諭に賠償を背負わせてしまった隣の川崎市では、今年のプール開きを前にした6月に労働組合が、今後同様の事例で教員に賠償を請求しないことなどを求める請願を市議会に提出している。請願では損害賠償請求の撤回や、納めた賠償金を返金することも求められた。やはり、いくらミスとはいっても、労働者個人に責任を負わせるのは適切とはいえない。
とりわけ、教員は授業の準備、生徒の指導、部活動の顧問、そして様々な校務分掌に追われている。そんな中で、プールの水管理まで完璧にこなすのは難しいのかもしれない。なにより、教員の人手不足が深刻になる中で、ミスをした場合に個人が高額の賠償金を払わなければならないとなれば、誰が教員になりたいと思うだろうか。
個人に責任を負わせるのではなく、組織全体の問題として捉え、再発防止に努めるという姿勢が重要だ。横浜市の対応は、その点で参考になるだろう。
最後に、これらの事件を笑い話で終わらせてはいけない。確かに「またか」と笑ってしまいそうになるが、その裏には教育現場の深刻な問題が隠れている。教員の労働環境、学校の設備管理、行政の対応などなど。これらの問題に真剣に向き合い、改善していく必要がある。
<TEXT/昼間たかし>
【昼間たかし】
ルポライター。1975年岡山県に生まれる。県立金川高等学校を卒業後、上京。立正大学文学部史学科卒業。東京大学情報学環教育部修了。ルポライターとして様々な媒体に寄稿。著書に『コミックばかり読まないで』『これでいいのか岡山』