「ごめん…君に一目ぼれしちゃって」CAと再会したくて“怒りのクレーム”を入れた迷惑客の正体

 日系CAから六本木のクラブママを経て作家となった蒼井凜花が、実際に体験した、または見聞きしたエピソードをご紹介。今回は、現役CAの「迷惑客」にまつわるインタビューをお届けする。

◆現役CAが体験した迷惑客の実態

 コロナ禍を経て航空業界にも活気が戻ってきた一方で、迷惑行為や機内トラブルも増加傾向にあるという。乗務歴5年の中堅CA・春美さん(仮名・27歳)は、昨今の迷惑客事情についての話をしてくれた。

「国内線では1日最多で4フライトをするため、何かしらの迷惑行為をするお客さまに遭遇します。シートベルトサインの点灯中に立ち上がったり、化粧室内で喫煙をしたり、座席下の救命胴衣を盗んでいったり……。安全面に関わる行為は特に厳しい目で見ていますね。あとは、満席にもかかわらず『窓際の席に変えてくれ』とか、『赤ん坊の泣き声がうるさい。今すぐ黙らせろ』などと自己中心的なお客さまもいます。安全で快適なフライトに理解くださるお客さまが大半ですが、『金を払ってるんだから、少々のわがままは聞いて当然』というスタンスのお客さまがいるのも事実です」

◆新人時代に経験した迷惑客

 もちろん、コロナ禍以前にも多くの迷惑客に遭遇してきたという。そのなかでも、特に印象的だった迷惑客を聞くと、新人時代の苦い経験を話してくれた。

「今でも忘れられないのが、新人時代の迷惑客です。ある日突然、女性上司から『昨日のフライトで、あなたの対応にすごく不快な思いをした男性客が謝罪を求めている』というクレームが入りました」

 身に覚えのないクレームに、春美さんは驚いたという。

「慌ててフライト記録のノートを見直しました。でも、大きなトラブルはありませんし、お見送りの際も、皆さん、穏やかに降りて行かれたので……。それだけではありません。フライト後のミーティングでは、パーサーから『キャビンは異常もなく、無事フライトを終えることができました。お客さまにはこれからも安全で快適なフライトを楽しんでいただきましょう』と、ポジティブな言葉をもらったばかりでしたから」

 その件を告げると、上司は「本当? あなたを名指しでクレームを入れてきているの。もう一度よく思い出して」と自分への疑いを晴らさない。春美さんは記憶をたぐりよせるが、やはり思い当たるふしはなかった。

 しかし、「もしかしたら、自分の知らないところで、お客さまを不快にさせてしまったのかも……」という考えになり、後日本社で謝罪をすることになったという。

「結局、翌週にクレームを入れた男性客と本社の一室で謝罪することになったんです。上司も同席することになりましたが、それまでの一週間は不眠と胃痛で散々な目にあいました。

そして対面当日。応接室のドアが開いて、三十代後半と思しきスーツ姿の男性が仏頂面で入ってきました。大柄で強面の男性を見るなり、私は上司とともに深々と礼をしたんです。その表情に見覚えがありました。ドリンクサービス後に酔い止め薬が欲しいと告げたお客さま。丁重に対応したはずだったのですが、その方がどうして……? 私は唇を噛みしめました」

◆ニンマリ笑って放った「衝撃の一言」

 しかし次の瞬間、男性はとんでもない言葉を告げてきた。

「私の顔を見ると、仏頂面は一転、ニンマリ笑って『ごめん……君に一目ぼれしちゃって。こうでもしないと会ってくれないだろう?』と照れたように頭を掻いたんです。唖然としました。

上司に『クレームが入って直接謝罪して』と言われた日から、私は眠れずじまいでした。他のCAたちにもクレームの噂が広がってしまい、居心地の悪い状況で必死にフライトをしてきたのに……。結局、クレーム客を装って私をおびき寄せ、謝罪と言う名目で再会し、交際のきっかけをもくろんだお客さまだったんです」

◆名刺を渡してきた男の正体は

 何とも信じがたいことだが、その男性は図々しくも名刺を渡してきたという。

「差し出された名刺は、機転を利かせた上司が『わたくしがいったん預からせていただきますので』と受け取ってくれました。凍りついたままの私に、男性客は『春美さん、連絡待ってるよ。良かったら食事に行こう。これからも君の会社の便を使うから』と笑顔を向けてきたんですが、腹立たしさと緊張が一気に解けたことで、めまいがしてしまって……」

 クレームではなかったと理解した上司は、他の社員を呼び、男性客を別室に案内するようお願いした。男性客も名刺を渡せてスッキリしたのか、おとなしく退室したという。

「後日、上司に聞くと、男性客はある不動産会社の二代目社長だと教えてくれました。『名刺はこのまま私が預かっておくから』と言われ、もちろん連絡はしていません。あまりにも悪質な乗客だったため、注意喚起と私の汚名返上のため、他のCAたちも情報共有をしてもらいました。ただ当時は、今ほど迷惑客に対しての罰則がなかったため、私は泣き寝入りの形になってしまいました。何年経っても苦い思い出です」

 謝罪までの一週間、不安で眠れない日々を送っていた春美さんの心労を彼は理解しているのだろうか。「いまだにトラウマとなっています」と眉をひそめる春美さんの心の傷は深い。

文/蒼井凜花

【蒼井凜花】

元CAの作家。日系CA、オスカープロモーション所属のモデル、六本木のクラブママを経て、2010年に作家デビュー。TVやラジオ、YouTubeでも活動中。