男性保育士が活躍する保育園「どろんこ会」。理想の「保育」とは?

保育士の専門性や仕事の価値に対する正しい理解を

男性保育士の当事者である佐藤さんの声を受け、理事長の安永さんにも現在の課題やこれからのビジョンについて聞いてみました。

――「保育業界全体で待遇面の改善をするのは急務」という声について、お考えをお聞かせください。

安永:2017年に「保育所保育指針(※)」が大幅に改定され、保育園は「幼児教育を行う施設」と明確に位置づけられました。子どもたちを育て、教育をする場として義務教育の教員同様に保育士の男女比率も50:50になるのが自然なはずです。

そのためには、佐藤施設長が述べた保育士の待遇改善は不可欠なのですが、保育業界も行政の補助金に頼る体質から、職員の待遇を上げていこうという意識のもとに経営の工夫や効率化にもっと努める必要がある、と感じます。

保育従事者の待遇が良くなれば、この仕事に就きたいと願う人も増え、就いた後も生涯の仕事にしていける。そのためにもどろんこ会から経営者視点を持った園長をひとりでも多く輩出していくことが、業界内の課題解決に寄与するのではないか、と考えています。


保育所保育の基本となる考え方や保育の目的および内容など保育の実施に関わる事項と、これに関連する運営に関する事項について定めたもの。出典:こども家庭庁「保育所保育指針解説(外部リンク/PDF)

――最後に、ジェンダーバイアスにとらわれず、保育士という職業を選択できる未来を育むために、どのような社会の取り組みが必要だと思いますか?

安永:中学や高校の職業教育の現場において、いまだに保育士に対して「子ども好きな人が一緒に遊んであげる仕事」のような説明がされていたことがあり、その専門性や仕事の価値についての理解が浸透していない現状があります。

保育業界が近年ものすごく変化しており、保育士は小中学校の教員と同じ「命を預かり、人格形成を助けていく責任のある仕事」であるという職業理解の更新を、行政からも後押してほしいですね。

例えば、当法人では10~20代に向けて保育・保育士の仕事の価値を発信することを目的に、広尾学園中学校高等学校との高校生向けインターンシップを行っています。保育を取りまく外部環境から日本の教育改革の話まで体系立てて説明した上で、保育士の仕事の現場に入ってもらうのですが、先生方から「今の保育業界はこんなに変化しているのですね」と驚きの声を聞くこともしばしばです。

キャリア教育と保育業界の実態とのギャップを埋めるためにも、こうした保育業界と小中高の教員が交わる取り組みを全国的に広げていくことがジェンダーバイアスの解消には重要だと考えています。


保育士の仕事に対する理解と、価値を社会に広げるために必要な取り組みについて話す安永さん。撮影:十河英三郎

編集後記

男性保育士が増えないという課題の裏側に、どうすれば保育士という職業が昇級を伴う長期のキャリア形成を実現できるのか、人事制度や評価制度の在り方も含めた議論の必要性を感じました。経営や運営方針に関する各園の工夫が大切なのはもちろん、そういった取り組みを促進するための支援体制についても検討の余地が十分です。

長きにわたりこの問題が続いてきたのは、安永さんのご指摘にあるように、保育園が「子どもたちの健やかな成長を助け、人格形成の基盤をつくる教育の場である」という社会の理解が追いついていないことが影響しています。

教育現場や保護者任せにするのではなく、私たち社会の一人一人が保育士の専門性を正しく理解することが重要だと思います。それが保育士の待遇改善の原動力となり、安定したキャリアパスの形成や男性保育士の増加を促進し、さらには、多様な生き方を認め合えるジェンダー平等の社会の実現へと続いていくのではないでしょうか。

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〈プロフィール〉

安永愛香(やすなが・あいか)

1974年生まれ。東京理科大学工学部在学中に結婚。外資系の銀行に就職後、間もなく出産。長男を預けた託児所で保育の在り方に疑問を持ち、1998年、自ら埼玉県朝霞市で認可外保育室を開設する。2015年、日本では前例のない、健常児・障害児が園庭・リビングを共有し、共に生活する「認可保育所 × 児童発達支援」の併設施設の運営を開始。現在は社会福祉法人どろんこ会理事長および株式会社日本福祉総合研究所代表取締役を務める。
社会福祉法人どろんこ会 公式サイト(外部リンク)

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