「君には使わせたい何かがないんだよ」。来月には83歳を迎える藤竜也が、20代のころ、ある監督から投げられた言葉だという。
「素晴らしいプレゼントになりました」と穏やかな表情で話す藤。こんなドキリとする言葉が“プレゼントに”? しかし、そう受け取れる藤だからこそ、82歳にしてなお求められ、1作ごとに新たな魅力で惹きつけるのだと確信した。
公開になったばかりの近浦啓による監督・脚本の『大いなる不在』は、すでにトロント国際映画祭やサン・セバスティアン国際映画祭、サンフランシスコ国際映画祭などで高い評価を得ているサスペンス・ヒューマンドラマ。サン・セバスティアン国際映画祭においては、藤が日本人初となる最優秀俳優賞に輝く快挙を成し遂げた。
自分が幼い頃、母と自分(森山未來)を捨てた父(藤)。その父が認知症を患ったことで久々に再会した主人公が、別人のように変わり果てた父の人生をたどり始める……。本作で、もと大学教授の父を演じる藤の、一瞬、一瞬の表情に驚き、釘付けになる。米時間7月18日には北米最大の日本映画祭“ジャパン・カッツ”で特別功労賞を贈られる藤。日本を代表する名優に話を聞いた。
◆使わせたい“何か”がないんだよな
――これまでに膨大なセリフ、言葉に触れてきたと思いますが、藤さん自身の人生において、揺さぶられた言葉がありましたら教えてください。
藤竜也(以下、藤):20代の頃に、「君のことは使ってあげたいんだけど、使わせたい何かがないんだよな」と、ある監督に言われたことがあります。遠い昔のことですけどね。「使いたい何かがないんだよ」と。
――ええ!?
藤:僕にとって、ものすごく素晴らしいプレゼントになりました。今でも忘れられない出来事のひとつです。
◆自問し続け、自分の考えにたどり着いた
――プレゼントになったのですか?
藤:厳しい言葉かもしれないけれど、若いころ、これから戦おうという青年にとって、ものすごいエネルギーになりました。「何かって何?」という問いかけを、自分にし続けてきました。その監督とは後年、その10年後くらいですかね。主役で声をかけていただきました。ただ当時、ほかの仕事が入ってしまっていたのでお断りせざるをえなかったんですが。非常に素晴らしい監督です。その言葉はずっと胸に置いていますし、考え続けることで、自分自身の考えにたどり着きました。
――というと。
藤:何もないほうが、俳優はいいんだと。余計なものがあって、入れ物がいっぱいだと、いただいた役を入れるときに困るわけです。だからなるべく空っぽにしておいがほうがどんどん入って来る。
◆北米最大の日本映画祭で藤のための賞が
――なるほど。新作『大いなる不在』でも藤さん演じる父・陽二の姿、表情に幾度もハッとさせられました。それも藤さんではなく、完全に役が入っていたからだと納得です。藤さんの出演作は、これまでにも海外で評価されてきましたが、『大いなる不在』もニューヨークで開催される北米最大の日本映画祭“ジャパン・カッツ”に正式出品。さらに、藤さんは特別生涯功労賞を授与されます。これは藤さんのためにわざわざ設けられた賞だとか。
藤:功労なんてしていないと思っていたから、「よろしいんですか、私で」という感じです。
◆かつて大島渚とニューヨークへ
――ニューヨークへは。
藤:映画関係で行くのは2度目です。ちょうど半世紀前に、大島渚さんの『愛のコリーダ』(1976)がニューヨーク映画祭に招待されたんです。私もお供しまして、リンカーン・センターで上映されるということだったんですが、検閲が通りませんでした。西海岸は通っていたから大丈夫だろうと思っていたんです。
でも当時のニューヨーク州では上映できなかった。それで大島さんの別の作品を上映したあとに、『愛のコリーダ』に関するパネルディスカッションをやったんです。あれから半世紀経って、今回、この『大いなる不在』と、そのほかの僕の出演作が上映されて、賞をくださると。感慨深いですね。
――プライベートでニューヨークは行かれているのですか?
藤:28歳くらいのときにジャズを聴きに行ったのが最初ですね。今回は映画祭を楽しめればいいかなと思っています。
◆面白い脚本であれば短編でも関係ない
――本作の近浦監督とは、短編を含めて3度目のお仕事とのことですが、近浦監督は本作が『コンプリシティ/優しい共犯』に続く2本目の商業映画。藤さんには、以前から肩書を全く気にしない印象があります。
藤:私は面白い脚本であれば一緒にお仕事をしたいと思うし、近浦さんの作品を信頼していますから。尊敬しています。インディペンデントできちんと映画を作れられていて、しかも海外に挑戦している。僕のように昔からやっている俳優にしてみると、国内の前に海外に行って、何回も上映されて、そのあとに初めて日本の皆さまにご挨拶をするなんていうのは驚きです。素晴らしいと思う。
◆お腹を空かせながらやってきたから今も仕事に飽きてない
――藤さんは現在82歳ですが、昨年は主演映画『それいけ!ゲートボールさくら組』と『高野豆腐店の春』が公開。今年もこの『大いなる不在』が公開です。最後に、長年ご活躍できるモチベーションの源を教えてください。
藤:プロですから、作品にはたくさん出たほうが生活は楽ですけど、私はそうじゃないんです。でもその代償として「飽きない」という気持ちの贅沢ができた。サラリーマンのみなさんや個人営業のみなさんは、1年中働いているわけですよね。私どものような自由業は、そうではないので、「今、オレの商売、なんだっけ。オレ、俳優なんだ」という感じになることもあるんです。
でもそれは俳優にとって、私にとってはいいことなんです。それだけお腹を空かしているわけなので。だから役をいただいたときには、もう「やっほー!」って感じで、すごいエネルギーと食欲で役に向かうんですよ。
――日々の生活のなかで、俳優としてのアンテナを張り巡らしている、なにか意識していることはありますか?
藤:きちんと生きることです。市井の人間として毎日をきちんと生きること。それも私の職業には反映されてきますから。
<取材・文・撮影/望月ふみ>
【望月ふみ】
ケーブルテレビガイド誌の編集を経てフリーランスに。映画周辺のインタビュー取材を軸に、テレビドラマや芝居など、エンタメ系の記事を雑誌やWEBに執筆している。親類縁者で唯一の映画好きとして育った突然変異。X(旧Twitter):@mochi_fumi