取り調べで「ガキ」と罵倒は黙秘権・人格権の侵害 国に110万円の賠償命令

7月18日、取り調べの際に検察官から罵倒や侮辱を受けたとして元弁護士が損害賠償を請求した訴訟の判決で、東京地裁は国に対して110万円の支払いを命じた。

「黙秘権の趣旨に反する」「人格権の侵害」とは認定されたが…

本訴訟は、元弁護士の江口大和氏が、自身の罪が問われた刑事事件手続における取り調べの際に検察官から罵倒や侮辱を受けて黙秘権や人格権を侵害されたとして、国に対して1100万円の損害賠償を請求したもの。

江口氏は2018年、横浜市で起きた無免許運転の死亡事故に関して、運転手に虚偽の供述をさせた疑いで逮捕された。逮捕後の取り調べでは「犯人隠避の教唆をしていません」と述べた後、黙秘権の行使を宣言し、以降は何も話さない姿勢を通した。しかし、取り調べはほぼ毎日続き、21日間で約56時間に及んだ。

取り調べ中、川村政史検事(横浜地検)は江口氏に対し、「ガキだよね」、「うっとうしい、イライラする」、「ウソつきやすい体質なんだから、あなた」などと発言。さらに、「あなたの言ってる黙秘権って何なんですか」と非難するなど、侮辱的な発言を繰り返した。

判決では、検事が行った発言の一部について、黙秘権の趣旨に反し、江口氏の人格権を侵害するものと認定。

しかし、江口氏が黙秘権を宣言した後にも長時間にわたり取り調べが続けられたこと自体は、違法と認定されなかった。

「取り調べの継続」自体の違法性を追求するため、控訴

判決後の記者会見では、江口氏と弁護団が判決への評価と控訴の意図を語った。

「黙秘権の行使をばかにする発言や、何とかして供述を得ようとする発言は許されないと判断されたことは、とてもよかった。

しかし、『説得』と称して56時間も取り調べをしたことは、違法と判断されなかった。問題を訴え続けるために、控訴する」(江口氏)

弁護団の宮村啓太弁護士も、今回の判決を「黙秘権保障のための第一歩になった」と評価しながらも、「これで止まってはいけない」と控訴への意気込みを示した。

「『取り調べを受けたくない』という江口氏の意向を無視して取り調べを継続したこと自体の違法性を、追求する」(宮村弁護士)

「取り調べ映像」の再生が判決に影響

江口氏が逮捕された事件では検察官による独自捜査が行われたため、取り調べの様子は録音・録画されていた(現行法では、裁判員裁判対象事件・検察官独自捜査事件にのみ、身体拘束下の被疑者取り調べの全過程の録画が義務付けられている)。

東京地裁の勧告により、国側は約2時間20分の取り調べ映像を証拠として提出。1月18日に行われた江口氏の本人尋問では、裁判所が「必要な範囲」として認めた、計約13分の映像が再生された。

なお、法廷で再生された映像は弁護団のYouTubeチャンネルで一般公開されている。

「川村政史検事による取調べ動画(法廷再生版)」/江口大和違法取調べ国賠訴訟弁護団

高野傑弁護士は、取り調べ映像の公開によって、判決では検察官の発言が個別に取り上げられて事実が認定されたと指摘。

「他の裁判では、検察官の発言や行為の存在自体が疑われることも多い。録音・録画の対象となる取り調べの範囲を拡大する必要がある」(高野弁護士)

また、今回の訴訟でも、取り調べ動画を証拠として採用するまでには煩雑な手続きを要した。採用までのハードルを下げるために制度を改善する必要がある、と高野弁護士は訴える。

黙秘権とは「自己の意思に反する供述を強要されない権利」

趙誠峰弁護士は、判決が黙秘権の趣旨を「自己の意思に反する供述を強要されない権利」と判断したことについて言及。

「捜査官らは黙秘権を『事件に関連し、自己に不利益となる供述を強要されない権利』と解釈している。しかし、実際の取り調べでは、趣味の話題や事件に無関係な話題を持ち出して供述を引き出そうとする手法が日常的に行われている。

今回の判決は、黙秘権はそのような手法からも被疑者を保護する権利であることを、明確に示してくれた」(趙弁護士)

また、判決では、弁護士としての能力・資質を疑う発言をするなどの江口氏の人格に対する攻撃を一方的かつ執拗(しつよう)に繰り返したことが「黙秘権の趣旨に反する行為」とも判断された。

趙弁護士は、被疑者のプライドを傷付けて感情を煽ることで供述を引き出そうとする行為は、今回の事件に限らず取り調べの現場では多数発生していると指摘。このような行為の違法性が認められたことについて「非常に評価できる」と語った。