「仲は悪くないんだけど…」結婚3年、東大卒の真面目夫婦が離婚を決断したワケ

◆これまでのあらすじ

レスに悩む元同級生の、医師の陸と外資コンサル勤務のミナト、そして弁護士の幸弘。

幸弘は琴子に、2ヶ月前にカウンセラーの女性と浮気したことを告白する。

琴子はその女性と会うことに…。

▶前回:結婚した直後に、1年半前に別れた元彼から連絡。動揺した29歳女は思わず…

琴子の新婚時代の記憶



金曜日の午後7時。

琴子が呼び出した新宿のカフェに、その女性は3分遅れて現れた。

「あの、初めまして。浜中かなえと申します…」

電話口から予想していた通り、綺麗な顔立ちとスタイルを持ちながらも、服装はシンプルで清楚。

ドラマで見るような“人の男をとる女”には見えない。

「小野琴子です、初めまして。どうぞ座ってください」

女は恐縮しながら、うつむいたまま椅子に座る。

琴子とかなえがコーヒーを頼むと、店員が去るのを確認した後、かなえは深々と頭を下げた。

「本当に申し訳ありません」

相手がすんなりと謝罪してきたことで、琴子は彼女への怒りを口にできず、一旦すべて飲み込んだ。

「夫との関係を聞かせてもらえますか?」

琴子は恐ろしいほど冷静に、淡々と話を進める。

琴子の態度に怯みながらも、かなえは幸弘が言ったこととほぼ同様の内容を話した。

「体の関係があったのは1回だけっていうのは、本当ですか?」

「1回…小野先生がそう言ったんですか?」

「はい、そうですけど…。実際は違うんですか?」

かなえの言葉に、琴子はドキリとする。すると彼女は言いにくそうな顔をして言った。

「あの日…本当はできなかったんです。確かにそういう雰囲気になったんですけど、途中で小野先生が言ったんです。“やめよう、やっぱり俺にはできない”って」

「それはどうして…?」

「“やっぱり、琴子を裏切れない”って。相当酔っていらしたので、多分小野先生の中で“したこと”になっているんだと思います。

とはいえ、奥様を傷つけたことは間違いありません。本当に申し訳ありません」

かなえはもう一度、深々と頭を下げる。だが、琴子は納得がいかなかった。

「そう言われても、言い逃れにしか聞こえません。それに、あなたはあの人が結婚していることを知っていたんでしょう?」

「はい…。本当に申し訳ありません」

かなえはただ謝罪を繰り返す。琴子は言い足りなかったが、彼女の姿を見て、徐々にその気が失せた。



「そうなるまでは、本当に何もなかったんですか?お互いに好きだから会っていたんじゃないんですか?」

彼女に、こんな質問をしたくはなかった。けれど、琴子はどうしても納得できる理由を知りたかったのだ。

「小野先生の気持ちは、正直わかりません。ただ…」

「ただ?」

「小野先生は私から見れば、奥様のことを愛しているように見えました。だからこそあなたに弱音を吐けずに辛かったんだと思います。

私への気持ちは愛情ではなく、ただしがらみがなくて、一緒にいて楽だっただけだと思います」

かなえはそう言って、寂しそうに笑う。きっと彼女は幸弘のことが好きだったのだろうと、琴子は感じた。

「もう2度と会いませんし、慰謝料もきちんとお支払いします。本当に申し訳ありませんでした」

「わかりました。慰謝料については、今のところ考えていません。もう2度と、同じ過ちが起きなければと願っています」

琴子はそれ以上責めることをせず、先に店を出た。

帰り道、大きなため息とともに天を仰ぐ。

梅雨の曇り空からは、今にも雨が降りそうだ。

その時前方から、恋人同士と思われる男女が歩いてきた。

「ねえ、明日は何の日か知ってる?」

「え、なんだっけ?」

「えー覚えてないの?付き合って1年目になるんだよ?」

そんな微笑ましい会話を聞いて、急に思い出した。

結婚して5ヶ月が経った時。ある日急に幸弘が、バラの花束を持って帰ってきた。

「え、これなに?」

「あの、ちょっともらったから…」

不自然にそう言う幸弘の言葉を気にも止めず、琴子は花を見て喜んだ。

後で気がついたのだが、その日は幸弘と正式に婚約してからちょうど1年目だった。

記念日など細かく記憶するタイプではない幸弘が覚えていてくれたことが、琴子には嬉しかった。

お互いに、相手を想い合っていた時期も確かにあったはず。

― どうしてこうなっちゃったんだろう…。

琴子はずっと、幸弘は強い人だと思っていた。

だから、彼が何かを抱えているように見えても「大丈夫、何もないよ」という言葉を鵜呑みにして、彼なら自分で解決するだろうと解釈していた。

いや、本当は無理に彼の心をこじ開けようとして、余計に閉ざされるのが怖くて、気がつかないふりをしていただけ。

レスになっても「今は忙しいから」と、そう自分に言い聞かせていた。

そうしてコミュニケーションをとることから逃げ、勝手に諦めた結果、2人にできた溝は思いもよらぬほど深くなっていたのだ。

― 「あなたに弱音を吐けずに辛かったんだと思います」

かなえからの言葉を思い出す。

浮気は、どうしても許せない。実際にしたとかしてないとかは関係なく、幸弘が誰かと触れ合ったのかと考えるだけで、虫唾が走る。

それでも、幸弘のSOSに気づいてあげていれば、幸せだったあの時間を壊すことなどなかったのではと思うと、琴子の目から涙が溢れた。



幸弘の決意



「あら、幸弘!突然どうしたの!?」

琴子が“浜中かなえ”に会ってから2ヶ月後。幸弘は、軽井沢にある幸弘の両親の別荘を訪れた。

母親は嬉しそうに「上がって、やだもう連絡くれたらよかったのに」と小言を言いながら中に通す。

父親のいるリビングに行くと、誕生日パーティーを台無しにしたことをまだ怒っているのか無言で新聞を読んでいる。

「父さん、母さん。今日は話したいことがあって来た」

「何よもう、そんな改まって。琴子さんは一緒じゃないの?」

「ううん、俺だけ。父さん母さん、俺はもうこれ以上、2人に頼るつもりはない」

「何よ、急に?」

幸弘の真剣な様子に、母親が焦った顔を見せる。

「今の事務所に就職できたことも、人より出世が早いことも、父さんのおかげだって知ってる。ただもう嫌なんだ。これ以上、父さんに頼ってしか生きられない人間にはなりたくない」

するとそれまで無言だった父親が、新聞をゆっくりと下ろして言った。

「何言ってる。俺はお前のことを思って…」

「違うだろ?父さんは俺のことよりも世間体や自分のためだったんだろう?でも別にそれを責めるつもりはないよ。俺がここまで来られたのは、父さんのおかげだってわかってるから」

「幸弘ったらそんな言い方…」

母親が庇うように口を挟んだが、幸弘は遮って言った。

「ただ、ここで終わりにしたい。これからは自分の力で生きていきたいんだ。代表にもそう言うつもり。それで辞めることになっても、俺は構わない」

「何を今さら、反抗期の子どもみたいなことを。お前のために色々やってやったのにそれを仇で返すような真似して。世の中、そんなに甘いもんじゃない」

「わかってるよ、でもそれでいいんだ。母さんも、今後俺と琴子のことに口を出さないで欲しい。何かあったら、今後は琴子じゃなくて俺に連絡してくれ。琴子と俺はもう、離婚する予定だから」

幸弘の言葉に、母親は目を丸くして「離婚!?」と叫んだ。

「何言ってるの、どうして?琴子さんに何かされたの?」

「いや、したのは俺の方。俺が浮気した」

「浮気!?…まあでも、男の人の浮気の1つや2つ許せないなんて。私から琴子さんに話すから、離婚なんて言わないでよ」

母親が困惑する横で、とうとう父親がキレた。

「何をさっきから勝手なことを!自分勝手にしたいのなら、もう小野家から縁を切りなさい」

「ああ、わかった」

「え、ちょっと、お父さん。そんなに怒らないで、ね。幸弘も早く謝ってよ」

慌てる母親を置いて、幸弘は「今まで、お世話になりました。お元気で」と一礼すると、そのまま家を後にした。

車に戻り、ふう、とため息をつくと、スマホを取り出し琴子に電話をかける。

「もしもし?どうだった?」

「ああ、予想通り。勘当されたよ」

「そっか、幸弘は大丈夫?それでいいの?」

「大丈夫だよ。それより例のやつ、取りに行かせて悪かったな」

「ああ、離婚届?また落ち着いてから出しに行こう」

幸弘は吹っ切れたように「ああ、わかった」と言うと、電話を切り自宅へと車を走らせた。

▶前回:結婚した直後に、1年半前に別れた元彼から連絡。動揺した29歳女は思わず…

▶1話目はこちら:「実は、奥さんとずっとしてない…」33歳男の衝撃告白。エリート夫婦の実態

▶︎NEXT:7月26日 金曜更新予定

次回最終回:三人それぞれが新しい道へと歩き出きだす。幸弘と琴子は離婚届を書くと…