経済本や決算書を読み漁ることが趣味のマネーライター・山口伸です。『日刊SPA!』では「かゆい所に手が届く」ような企業分析記事を担当しています。さて、今回は百貨店業界の各社業績について紹介したいと思います。
バブル崩壊以降、百貨店業界は苦戦を強いられ続けてきました。台頭する郊外モールや専門店に客を奪われ、不景気も重なって市場は縮小し続けています。地方の店舗は軒並み閉店し、統廃合も進みました。そこへコロナ禍が追い打ちをかけ、各社は大打撃を受けたのです。一方で意外な“追い風”が吹いているのも興味深いところ。今回は上位3社を中心に百貨店業界の動きと今後の見通しについて紹介したいと思います。
◆バブル崩壊後から、規模は縮小…
週末は家族で百貨店に行き、買い物の後は子供と屋上のレジャー施設で遊ぶ。そんな光景は昭和の終わりとともに無くなりました。百貨店の市場規模は1991年の9.7兆円をピークとして減少に転じ、2023年度は半分程度の5.4兆円しかありません。市場が縮小した主な要因はSC(ショッピングセンター)や専門店の台頭です。何でも揃う利便性や歩くだけでも楽しめるようなレジャー性は百貨店よりもSCの方が優り、消費者は百貨店に足を運ばなくなりました。百貨店売上が小売業全体に占める割合は、1991年の8.3%から現在では3%程度にまで縮小しています。
失われた20年、30年とも言われる日本経済の悪化も影響していると見られます。富裕層の数は増え続けていますが、マスである中間層に余裕が無くなり、消費者は中高価格帯に位置づけられる百貨店を避けるようになりました。そこへコロナ禍が発生し、業界は大打撃を受けました。どちらかというと必需性の低い業態です。日本百貨店業界によると2019年から23年度の市場規模は次のように推移しています。
5兆7,547億円→4兆2,204億円→4兆4,183億円→4兆9,812億円→5兆4,211億円
◆上位は「呉服屋系」が占める
23年度における百貨店業界各社の売上高ランキングは次の通りです。セグメントは各社で異なりますが、百貨店事業の総額売上高で比較しました。呉服屋や古着屋にルーツをもつ百貨店が上位を占め、鉄道系が後に並びます。(※そごう・西武は米ファンドへの売却により、前年度のデータを使用)
1位:三越伊勢丹HD:1兆2,247億円
2位:髙島屋:8,054億円
3位:J.フロント リテイリング(大丸/松坂屋):7,479億円
4位:エイチ・ツー・オー リテイリング(阪神/阪急百貨店):5,771億円
5位:そごう・西武:4,963億円
◆三越・伊勢丹:富裕層にターゲット集中
それでは各社の業績について見ていきましょう。業界トップの三越伊勢丹HDは2008年、それぞれ国内で4位と5位に位置していた三越と伊勢丹が合併して誕生しました。同社は現在、国内で20店舗、海外では台湾やシンガポールを中心に24店舗を展開しています。
百貨店の収入源は主に(1)消化仕入れによる商品販売と(2)専門店からの賃料収入に分けられます。消化仕入れとは百貨店が在庫リスクを抱えない仕入れ方式のことです。他の百貨店が賃料収入を増やそうとするなか、三越伊勢丹は(1)に集中するような施策をとってきました。2010年代は売上高1兆円台で持ちこたえましたが、コロナ禍では業績が大幅に悪化しています。20年3月期から24年3月期における総額売上高の推移は次の通りです。
1兆1,192億円→8,160億円→9,121億円→1兆885億円→1兆2,247億円
冒頭で取り上げた百貨店市場全体と同じように推移していることが分かります。一方で24年3月期は以前の水準を上回りました。ブランド品や宝飾類などの高額品が伸びたほか、インバウンドの伸長も寄与しています。伊勢丹新宿本店や三越銀座店に至っては売上高が過去最高を記録しました。
富裕層の数自体が増えている中で高額品のニーズは根強く、郊外や地方、鉄道系百貨店の閉店による集中化が影響したと考えられます。また、同社は近年、ラグジュアリー品を拡充するなど「高感度上質」を強化する方針を掲げており、富裕層向け強化の施策が成功に繋がったとみられます。
◆髙島屋:徐々に「SC化」を進める
百貨店各社の統廃合が進むなかで、髙島屋は独立系として歩んできました。業界2位に位置する現在は国内で14店舗、海外では4店舗を展開しています。「玉川髙島屋S・C」という名称通り、髙島屋は純粋な百貨店業だけでなくショッピングセンター開発も進めてきました。SC店は賃料収入を主体とし、イオンモールのように専門店で構成されます。
24年2月期の全社営業収益4,661億円のうち、賃料収入などの主とする商業開発業の収入は519億円です。コロナ禍では三越伊勢丹HD同様の業績推移となりました。20年2月期から24年2月期までの総額営業収益は次の通りです。
9,191億円→6,809億円→7,611億円→8,818億円→9,522億円
直近では他社同様、高額品販売やインバウンドや牽引しました。24年2月期の好調はリベンジ消費の影響もあるのでしょう。今後については売上に含む百貨店業の割合を縮小し、「商業開発・金融・その他」事業を伸ばす方針です。具体的には、これら3事業の構成比を23年度の39%から31年度には47%に伸ばす目標を掲げています。
◆J.フロント リテイリング:今後は7エリアに集中していく
業界3位のJ.フロント リテイリングは2007年に大丸と松坂屋が合併して誕生しました。2012年にはパルコを取得しています。パルコを取得しているように、近年、百貨店業界では特にSC化に力を入れてきました。松坂屋銀座店の跡地に誕生し、ブランドの専門店で構成される「GINZA SIX」も同グループが出資しています。2021年から23年度までの中計では自社で手掛ける「自主編集売場」を縮小する方針を掲げていました。20年2月期から24年2月期における百貨店事業(大丸・松坂屋)の総額売上高は次の通りです。
7,150億円→4,672億円→5,558億円→6,580億円→7,479億円
やはり他社と同様、直近では高額品が伸び、外商の売上も拡大しました。昨年度からはインバウンドの回復も寄与したようです。今後について同社は人口の多い札幌、東京、名古屋、京都、大阪、神戸、福岡の7エリアに集中するとしています。百貨店事業に関してはアプリ会員数を増やして集客に努めるほか、若年富裕層や外商を強化する計画を挙げており、やはり“富裕層向け強化”の姿勢が伺えます。
◆ラグジュアリー化が進む百貨店の今後は?
中間層が離れていくなか、百貨店が生き残るには富裕層及びインバウンド向けを強化するしかないと言われています。そして各社の動向をみてみると、特に近年は富裕層向けを強化する施策が目立ちます。前述の通り、富裕層の数自体は増えており、外商の売上も伸びています。
立地面でいえば、ターミナル駅や銀座・日本橋の大型店しか残らないでしょう。地方はおろか首都圏の郊外でも百貨店は閉鎖し続けており、都心でも狭い店舗は苦戦しています。2000年以降、都内の百貨店跡地に家電量販店が進出する動きも加速しました。そして新宿を例に挙げると、再開発で小田急百貨店が閉鎖したことにより、一部の客層が髙島屋に流れたと言われています。そのせいか、再開発ビルに小田急百貨店が復活するかどうかは未定のようです。
大都市圏に富裕層をターゲットにした大型店が数店舗程度しかないーー百貨店業界の将来はそのような構造になるのではないでしょうか。各社による富裕層の奪い合いも激しくなりそうです。
<TEXT/山口伸>
【山口伸】
経済本や決算書を読み漁ることが趣味のマネーライター。取得した資格は簿記、ファイナンシャルプランナー Twitter:@shin_yamaguchi_