世界195か国の憲法を研究して知った「世界の変わった憲法」7選

 憲法改正議論は年々高まり、憲法への注目度が高まっている。日本国憲法は1947年に施行されて以降、今年で77年、これまで一度も改正されていない。対して、例えばメキシコの憲法は1917年の制定から255回も改正されているという。

 世界にはさまざまな国と憲法があり、駒澤大学名誉教授の西修教授は、世界195か国の憲法を研究し、『憲法一代記――世界195か国の憲法を研究した私の履歴書』などの著書を持つ。世界の憲法の中には、その国ならではのユニークなものもある。比較憲法を専門とする西教授に、世界の特異な憲法を教えてもらった。

◆①主権在君のトンガ王国憲法


 南太平洋に浮かぶ、ポリネシアに属するトンガ王国は、無人島を含め170ほどの島々で構成されている。面積は長崎県の対馬とほぼ同じ、人口は11万人弱の小国だ。

「1988年に制定された現行憲法は、国王に主権を与え(41条)、すべての国土が国王の財産であり(104条)、国王の土地と財産は、国王が随意に処分することのできる個人財産であると定められています(48条)。国王は、トンガ王国の全土の所有者なのです」(西教授)

 南太平洋の島々が自分のものだなんて、なんとも羨ましいものだ。

◆②主権在君のモナコ公国憲法


 君主主権を憲法に明記しているもう一つの国は、モナコ公国だという。モナコ公国は地中海に面するフランスの南方に位置し、面積は皇居とほぼ同じで人口は3万6686人(2021年)、世界最多の人口密度だ。

「タックス・ヘイブン(租税回避地)なので、住民の約82%が外国籍です。1人あたりGDP(国内総生産)は23万4316米ドル(2021年、世界銀行)で世界1位。

 1962年に制定された現行憲法では、大公が憲法と法律に従い、主権を行使し(12条)、外国との関係において国を代表します(13条)。行政権は大公の高権のもとにあり(3条)、立法権は大公と国会の双方にあります(4条)。司法権は大公に付与され、大公がその権限を裁判所に委任するという形式をとっています。

 裕福な小国で暮らす住民たちは、国のかじ取りを大公に任せ、国の安泰を最優先にすることを願っているように映ります」(西教授)

◆③国民総幸福を最重要視するブータン王国憲法


 ブータン王国は、中国とインドと国境を接する内陸国で、面積は九州とほぼ同じ、人口は約80万人の国(2021年)。ブータンは「世界一幸せな国」として知られているが、それはブータンの憲法によるところが大きいそうだ。

「2008年に初めて成典化憲法が誕生しました。最大の特色は、国民総幸福量(GNH)を掲げていることです。

『国家は、国民総幸福の追求を可能とする諸条件を推進するために努力する』(9条2項)

 また、特異な規定として、65歳になれば後継者に譲位しなければならないという、65歳定年制を定めていることと(2条6項)、国王が憲法に恣意的に違反した行動をとったときは、両議院からなる合同会議の総議員の4分の3以上の多数で決議し、さらに国民投票により過半数の承認があれば、国王は退位しなければならないと定めていることです(2条20~25項)。

 このような国民投票による国王の罷免を規定している君主制国家は、ほかにありません。憲法の作成にかかわった啓蒙的なジグミ・ケサル・ナムゲル・ワンチュク現国王の意向が反映されていると言われています」(西教授)

◆④家畜の保護を定めるモンゴル国憲法


 大相撲でも馴染みがあるモンゴル国。同国出身の横綱は、朝青龍、白鵬、日馬富士、鶴竜、照ノ富士の5人を数える。

「ロシアと中国に囲まれた内陸国で、日本の約4倍の地にわずか約345万人(2022年)しか住んでいません(人口密度は世界最小の2・21人/平方キロメートル)。

 モンゴルでは1992年1月に新憲法が採択されました。特異な規定は『家畜は、国の富であり、国の保護のもとに置かれる』(5条5項)という条項です。

 遊牧民の多いモンゴル人にとって、家畜(牛、馬、羊、ヤギ、ラクダなど)は、生活にとって不可欠な存在です。家畜数は、約6734万頭(2021年)で人間の約20倍に相当します。憲法に明記する価値があると考えられたわけです」(西教授)

◆⑤「国の動物」を定めるネパール憲法


 中国とインドに囲まれた内陸国のネパール。

「2008年5月に行われた憲法制定議会の初会合で君主制を廃止し、共和制へ移行、同時に国名を『ネパール連邦共和国』に改称し、その後、2020年12月に『ネパール』とすることに決定しました。

 憲法は、7年にわたる制憲議会での審議の末、2015年9月に公布されました。従来、ヒンズー教を国教としてきましたが、『非宗教国家』と規定(4条1項)、一方で『国の花はシャクナゲ、国の色は深紅、国の動物は牛、国の鳥はロフォフォラスとする』(9条3項)の規定は、従来の憲法のままです。

 牛はヒンズー教徒にとって、聖なる動物であり、崇拝の対象物とされています。同国のヒンズー教徒は81%です。『非宗教国』と『国の動物は牛』条項とどんな関係にあるのでしょうか。

 私がかつてネパールのカトマンズを訪れたとき、牛が道路の真ん中を悠然と闊歩し、寝そべっていました。車は牛をはねないように徐行し、渋滞に陥っていました。日本では絶対に見られない光景でした」(西教授)

◆⑥動物愛護のスイス連邦憲法


「世界でもっとも厳しい動物保護法を有するのは、スイス連邦だと言われています。その原点は、1874年憲法25条の2(1893年8月21日の憲法改正により導入)にあると思われます。動物に苦痛を与えて殺処分をするのは残酷だという意識が働いていたようです。

 現行の1999年憲法には、80条に(動物愛護)という見出しのもとに、連邦は動物の保護について、法令を制定することを定めています。これらの憲法規定は、国民投票によって採択されたものです。

 憲法の規定を受けて制定された動物福祉法は、動物の福祉と尊厳を保護することを原則とし、違反者には動物を飼育すること、繁殖させること、取引することなどを禁じています。スイスで生まれた動物たちは、自分たちの恵まれた環境に大いに満足しているのではないでしょうか。ただし、外国と比較することのできる能力を持っていれば、という話ではありますが。

 直接民主制を重視してきたスイスでは、国民投票が頻繁に行われることで知られています。

 憲法改正は、国民発案の場合、全面改正にしろ、部分改正にしろ、18か月以内に10万人の有権者によって発議されます。

 2018年11月25日、牛を愛する1人の畜産農家が10万人の賛成を得て、牛の角を切らないよう、また角を生やした牛を飼育している農家に対して、1頭あたり年間190スイス・フラン(当時の換算で約2万1500円)の補助金を与えるようにする憲法改正案を発議しました。

 同国では、牛の角を切る『切除』は他の動物や飼育者にとって安全で、飼育面積も狭くてすむので、普通に行われています。切除は焼きごてなどを使用するため、動物愛護団体は『動物にひどい痛みを与えるのは可哀そうだ』と唱えて、憲法改正案を支持しました。結果は、反対約55%、賛成約45%で否決されました。日本でこんな憲法改正案の提案は、まったく考えられませんね」(西教授)

◆⑦インドの国名は二つ


 いまや人口世界一となり、目覚ましい経済成長を遂げるインド。実はインドには国名が2つあるという。

「インド憲法(1949年)1条には『インド、すなわちバーラトは、諸州の連邦である』と定め、連邦名にインドとバーラトの二つを当てています。英語で同国を表示するときは『インド』とし、ヒンディー語を使用する場合は、『バーラト』と呼んでいます。バーラトとは、インド連邦を意味するヒンディー語です。

 同国にはヒンズー教徒が約80%います。2023年9月9~10日に行われたG20サミットでは、議長たるナレンドラ・モディ首相の座席には『バーラト』のプレートがありました。夕食会の招待状には、招待者たるドロウパディー・ムルム大統領は『プレジデント・オブ・バーラト』と記述されていました。モディ内閣は、ヒンズー至上主義を掲げており、将来、国名をインド国からバーラト国に改めるのかという憶測が流れました」(西教授)

西 修(にし・おさむ)

駒澤大学名誉教授。1940年(昭和15年)、富山市生まれ。

早稲田大学政治経済学部政治学科卒業。同大学院修士課程修了、博士課程単位取得満期退学。駒澤大学法学部教授を経て、2011年より名誉教授。博士(政治学)、博士(法学)。専攻は憲法学、比較憲法学。メリーランド大学、プリンストン大学、エラスムス大学などで在外研究。

第1次・第2次安倍晋三内閣「安保法制懇」メンバー。

2019年、第34回正論大賞受賞。趣味は落語で、芸名は「またも家楽大(またもやらくだい)」。著書に『憲法体系の類型的研究』『日本国憲法成立過程の研究』(以上、成文堂)、『憲法改正の論点』(文春新書)、『証言でつづる日本国憲法の成立経緯』(海竜社)、『憲法の正論』(産経新聞出版)など多数。最新刊『憲法一代記――世界195か国の憲法を研究した私の履歴書』。

<構成/日刊SPA! 写真/Adobe Stock>