漫画家・マキヒロチさんと考える「それでも静かな東京」。

コロナ禍の現実と時間軸を共有していた『それでも吉祥寺だけが住みたい街ですか?』

では、マキさんにとって「コロナ禍の東京」はどんなものだったのだろうか。

漫画『吉祥寺だけが住みたい街ですか?』は2015年〜2018年まで『ヤングマガジンサード』(講談社)にて連載したのち、2020年から『それでも吉祥寺だけが住みたい街ですか?』としてWEBで連載を再開(『コミックDAYS』)。同作は現実と時間軸を同一にする物語であり、それゆえ2020年スタートの『それでも〜』ではコロナ禍の描写も散見される。

とくに色濃いのは第1話の日本橋浜町編。ステイホーム&リモートワークで1日中家にいて、もはや食だけが唯一の娯楽。なのに、食べたいものが近所にない……という鬱々とした気持ち。さらにはSNSで目に入ってくる「誰かのおいしそうな食事」が閉塞感に追い討ちをかける。主人公の男性が抱えるモヤモヤは、数年後に見返しても「この頃ってこういう空気だった!」と膝を叩きそうなリアリティだ。

「そもそも私、浜町が気に入りすぎていて。この街を取り上げるには“食”だ!というところから作り始めた物語なんです(笑)。

当時私が住んでいた街は飲食店が充実していて、コロナ禍の最中も好きな料理をテイクアウトすることができました。だけど同じ東京23区内に暮らしていても、『ウーバーイーツを頼もうにも配達してほしい店がない!』という友達もいて。

あの頃、家の周囲にコンビニしかない…というような人は、けっこうしんどかったんじゃないかなと思います。そんな雰囲気が自然と作品に反映されたかもしれませんね。

そういう意味では、『これを食べてがんばろう』『元気になりたいからあそこに行こう』と思えるお店が近くにあることは、私にとっては住みたい街のポイントかもしれません。そんな飲食店が近くにあるかないかって、暮らしていくうえでとても重要な気がします」

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「見開き」で描く、静寂のある街の瞬間

さて、街を漫画に登場させるにあたり、実際に何回もその街を訪れて取材をするというマキさん。「住みたい街」をどのように見出しているのだろうか。

「以前は、東京23区を紹介する雑誌『TOmagazine』の編集長である、川田洋平さんに同行してもらっていましたが、最近は私一人で取材にいくようになりました。なので、漫画に描く内容も『マキヒロチのマイブーム』感がより強まってきています(笑)」

具体的にどの街を取り上げるかは、単行本1冊ごとのバランスを見ながら逆算して考えることが多いそう。特定のエリアに偏らないように、23区以外からもホットな街を入れるように……といった具合だ。とはいえ「この街だ!」とピンとくることも、もちろんある。

「『吉祥寺だけが住みたい街ですか?』には毎回必ず、舞台となる街の風景を見開きで見せるページが登場します。それにぴったりの素敵な風景を見つけてしまったら、『これだ!』ってなりますよね」

街の魅力を直感的に想起させ、主人公たちの「その先」の希望を感じさせるこの見開きのページは、作品の象徴的な存在だ。国立競技場のような都内の有名アイコンも登場する一方で、公園の緑地や街角の送電塔なども、数多く物語のハイライトになってきた。その見開きの景色の多くは、ふと自分を見つめ直す気分になれるような場所、つまり心の静寂を感じさせる場所であることも興味深い。実際に騒々しいかどうかは関係なく、マキさんが描く見開きの風景こそ、魅力ある静かな東京の時間とも言える。