毎朝始業前にマラソンを強要、遅刻すると“罰金5千円”…退職代行業者が見た「建設会社の謎ルール」

日本国憲法22条において、私たちの「職業選択の自由」は保障されている。とはいえ、様々な事情で会社に「辞めたい」と伝えられない人も多い。

そんなニーズの高まりによって、近年注目を集めているのが「退職代行」のサービス。どんな人がどんな時に利用しているのか。退職代行サービス「SARABA」を運営する退職代行SARABAユニオンの執行委員長、岡本大輝氏に話を聞いた。

◆利用者は「真面目で気弱な人が多い」

同事業を立ち上げて約6年、「SARABA」では4万5千件以上の退職の代行業務を取り扱ってきたという。利用者の年代としては20~30代が8割近くを占め、男女比は半々程度だという。岡本氏は、前提として全体的な傾向を教えてくれた。

「就業年数だと3年以内の方が中心で、性格的には気弱で真面目な方が多い印象です。パワハラまがいのことに遭っても声をあげられなかったり、退職を申し出た際に引き止められたりした場合にご連絡をいただくことが多いようです」

多くの場合、労働環境か人間関係のいずれかが要因となって退職に思い至るというが、ここ数年の働き方の変化によって、依頼数にも影響があった。

「コロナが広まった時期は依頼件数が一気に下がったんですよ。在宅で仕事をする方が増えたので、人間関係のストレスから解放された方が多かったのだと推測されますね」

◆「1日15時間労働」で判断力がなくなってしまう

要因のひとつとなっている労働環境について、岡本氏はある飲食店勤務の男性の例を示す。

「入社して間もなく、現場の経験がないのに突然店長にさせられた方がいました。アルバイトで埋まらないシフトは自分が入るしかなくて、1日15時間労働を何日も続けられていました。それでも給料は変わらないという状況だったんです」

やむなく会社に申し出ても、のれんに腕押し状態だったという。

「会社からは『店の責任者なんだから』『お前しかいないんだから』と、相手にしてもらえず……。疲労もあってか、催眠にかかったような状態になっていましたね」

何よりの解決策は、会社外の人に相談することだろう。だが、こちらの依頼者の場合は、それも叶わなかった。

「ご両親にも相談されたそうなのですが、『これも社会勉強のひとつだから』とか『すぐに辞めるのではなく、とりあえず3年は働いてみなさい』と逆に諭されてしまったようです」

◆個人的なパワハラに加え、会社を挙げてのパワハラも

一方で人間関係の悩みから退職を考える人も多い。とある保育士からの依頼は、まさにそれだ。

「先輩保育士や園長から嫌がらせを受けていた方でした。何か問題があった時に、本人に直接指導するのではなく、あやしているお子さんに向かって『こんなこともできない先生っているんだね。嫌だね』と。大人だけはなく子どもの評価さえ下げようとされていて。園長に退職の意向を伝えても『私たちの時代では当たり前にやっていたことなんだから(あなたもできて当然)』と突っぱねられて、弊社に連絡をしてこられたようです」

また、個人的な嫌がらせだけでなく、会社全体がハラスメントをする仕組みになっている建設会社の例も。

「毎朝マラソンをやらされるので辞めたいという方がいました。会社側の言い分としては『現場の士気を高めるために必要なこと』だと。朝6時くらいから始まる業務なので、集合は夜明け前。しかも、業務外のことであるにもかかわらず、遅刻すると罰金5000円を払わなくてはいけないというルールまであったようです」

◆退職代行で退職したあとに「再就職するケース」も

4万5千件もの退職を取り扱うと、中には珍しい事例もあるはずだ。

「業種の珍しさでいうと、ゲイ専門の風俗店に勤めていた男性の方からのご依頼がありました。その方はゲイではなかったので『もう耐えられない』と思ったけれど辞めさせてもらえないとのことで、ご連絡をいただきました」

また、せっかく退職したのに……というケースも。

「田舎に住まわれている方からのご依頼で珍しいケースがありました。その方は、弊社を利用して会社をお辞めになったんですが、田舎なのでどうしても次の就職先が見つからなくて、同じ会社に就職し直したんです。ものすごいメンタルだなと思いましたね(笑)」

◆数十分にわたって説教を受けたことも

今となっては、十分世間に認知されたといえる退職代行のサービスだが、数年前までは「怪しい仕事」と見られる時期もあった。依頼者に代わって会社に連絡をすると辛辣な言葉をかけられることも珍しくなかった。

「『退職代行って何?お前ら何者?』という反応が多かったです。そこから、『何考えてんだ。会社を壊そうとしてるのか』と罵倒されることもよくありましたね。ある保育園に電話したときは『●●先生がいなくなったら、この子たちは誰が見るの? あなた責任取れるの?』と言われ、何十分にも渡って説教を受けたこともありました」

さらには、金銭を要求されるケースも。

「他にも、『●●さん(依頼者)が突然いなくなることで、人員補填の必要があるから、その分の人件費を払え』と言われたこともあります。そんな請求を受ける言われはありませんし、診断書を取っていれば請求されるどころか、辞める側が慰謝料を請求できる場合もありますからね」

◆退職できたにもかかわらず、苦しみ続けることも

職場が苦しい場所になってしまっては生きる気力を失うことさえある。岡本氏の元に、一本の電話が入ったことがあった。

「電話に出てみると、警察からの連絡でした。『●●さんって知ってますか?』といわれたので『弊社を先日利用して会社を辞められた方です』と答えたら『その方、亡くなられました』と言われたんです。自殺だったようです。つまり、会社を辞められたのに自ら命を絶ってしまったんですよ。人によっては、退職後も、なお苦しみが剥がれないほどの負担を感じているんですね」

実は依頼者が自殺したケースは、今までに2例あったという。その上で岡本氏は次のように思いを語る。

「そう考えると、今まだ働いていて苦しみの渦中にいる方が、まだたくさんいるということですよね。それを、少しでも止められればいいなと思っています」

◆「退職代行という仕事が必要なくなる」のが一番いい

ここまで聞くと、労働者にとってはメリットばかりのようにも感じられる退職代行サービスだが、デメリットはないのだろうか。

「『嫌でもまた退職代行を使ってやめればいいや』といった感じで、退職代行グセがつく可能性はありますね。ほとんどの仕事は、コミュニケーションが重要ですが、そのコミュニケーションを避けるように気持ちを向ける癖がついてしまいかねない。利用される方は、その点を心がけておいた方がいいと思います」

岡本氏に将来の展望を聞くと次のような答えが返ってきた。

「そもそも退職代行は必要がないと思っています。会社に退職の意向を示したらスムーズに辞められるのが健全ですよね。ですが今は、私たちの活動によって会社側も賃上げや労働環境の改善などを進み、多くの人が働きやすい環境が増えればいいなと思っています」

退職代行は、辞めたくても辞められない人のための「最後の砦」。岡本氏の言う通り、そのサービスが必要のない社会になっていくことが何より重要なのではないか。

<取材・文/Mr.tsubaking>

【Mr.tsubaking】

Boogie the マッハモータースのドラマーとして、NHK「大!天才てれびくん」の主題歌を担当し、サエキけんぞうや野宮真貴らのバックバンドも務める。またBS朝日「世界の名画」をはじめ、放送作家としても活動し、Webサイト「世界の美術館」での美術コラムやニュースサイト「TABLO」での珍スポット連載を執筆。そのほか、旅行会社などで仏像解説も。