働き盛りの30代では多忙な日常から、生活習慣や食生活に乱れが生じやすく口腔疾患のリスクも高まります。
令和4年に行われた歯科疾患実態調査の結果では、歯を失ってしまった人を有する者の割合は25〜34歳で15%、35〜44歳で23.6%です。20代後半から40代前半にかけて少しずつブリッジ、入れ歯、インプラントをしなければならない人が年齢を重ねるごとに増えてきています。
40代後半から50代前半にかけては40%と急激に割合が高まるのですが、口腔疾患が急に生じて急に歯を失ったというパターンはほとんどありません。早期の疾患の兆候、抱えていた疾患リスクの改善を行わないまま年齢を重ねたことに要因があります。
30代で歯を失う大きな原因はむし歯です。次いで歯周病となっています。
むし歯も歯周病も進行すればするほど抜歯しなければならないリスクが高まるものです。今回はむし歯と歯周病を引き起こす悪習慣を4つ解説したいと思います。
◆1、仕事中に“糖”の入った飲食物を頻繁に摂取している
30代では、休日よりも仕事の最中に糖分を摂取してしまうことは少なくありません。
例えば、砂糖入りのコーヒー、栄養ドリンク、飴などを習慣的に飲食していることが問診で多く聞かれます。
飲食物に含まれる“糖”を栄養として、むし歯菌は歯を溶かす“酸”を活発に放出します。この“酸”によって歯が溶けることでむし歯は作られていきます。
そのため“糖”がお口の中に入ってくる回数と時間が多いほどむし歯菌の働きも活発となりむし歯が作られてしまいます。
当院にいらっしゃる患者さんでも仕事をしながら砂糖入りのコーヒーを頻回に摂取していました。食生活も“糖”の多いパンを朝昼晩と食べられており、歯磨きはしているもののむし歯予防に有効なフッ素を使用されていませんでした。
その結果、お口の中にむし歯が多発してしまい、いよいよ取り返しがつかないのではないかと来院されました。
精査の結果、被せ物の歯の一部を除くほとんど全ての歯がむし歯となっていました。
むし歯は、治療のみを行っても再発は繰り返されるものです。また、むし歯の治療は削って詰めることがゴールではありません。一度治療した歯は再度むし歯になるリスクが高まるため、むし歯の原因となる事柄の改善がむし歯治療では最重要と言えます。この患者さんでは、詳細な問診と検査の結果から、食生活の改善とフッ素の使用を開始しました。
また、お酒を飲みながらそのまま寝てしまうという患者さんもみられますが、お酒にも“糖”は含まれています。夜の“糖”の摂取は最もむし歯リスクが高いです。夜間は唾液の分泌量が低下するため、むし歯菌が洗い流されることが少なく、むし歯が作られやすい時間です。
“糖”の含まれる飲食物は時間と量を決めて摂取することでむし歯のリスクを下げることができます。
◆2、歯磨きの“手抜き”が習慣化
歯磨きを行う目的は、歯周病やむし歯の原因となる歯垢(プラーク)を除去し、むし歯予防に有効なフッ素をお口に届けることにあります。
朝しか歯磨きをしない、スマホを見ながら何となく歯磨きをしている、歯間清掃をしていないなど、歯磨きの“手抜き”は多くの初診患者さんでみられます。
歯磨きを1日2回しているけどスマホを見ながらちゃちゃっと歯磨きをしていた患者さんの磨き残しを調べてみたところ、歯ブラシを小刻みに動かして1本1本磨いていないため、ほとんどの歯が磨けていませんでした。
また、歯磨きをしっかり行っていても歯間清掃をしていない患者さんは歯間を磨き残してしまいます。
デンタルフロスや歯間ブラシを用いて歯間清掃を行っている人の割合は30〜34歳男性で31.9%、35〜39歳男性で40.8%と半数に満たないのが現状です(令和4年歯科疾患実態調査)。
歯ブラシだけではお口全体の60%しか磨けていないと言われているため、歯間清掃もしっかり行いたいですね。
そして、歯磨き粉は“フッ素”が最高濃度(1450ppm)入っているものを選んでください。加齢とともに歯茎が下がってくると、歯の根元部分が露出してきます。この根元部分は、とてもむし歯になりやすく、大人特有のむし歯です。治療がしづらく、神経までの距離も近いため厄介なむし歯と言われています。
フッ素はむし歯の予防にとても有効なので1日2〜3回活用をしてください。
◆3、喫煙の習慣化
喫煙は歯周病の1番のリスクとなります。タバコに含まれるニコチン等の成分は、歯茎の血管を収縮することで、歯茎への酸素や栄養の供給を妨げるので、歯周病がは進行しやすくなります。
また、歯にヤニが付着すると、ヤニにプラークが付着しやすくなります。このことからも歯周病は進行しやすくなります。
当院にいらっしゃる30代で喫煙を行っている患者さんではまだ顕著な歯周病症状はみられないもののヤニの多量付着や歯茎の変色が生じています。
加齢とともに徐々に歯周病が進行していくだけでなく、免疫力が低下したタイミングでの急激な歯周病の進行が生じる可能性もあります。
◆4、定期検診やメンテナンスの受診をしていない
むし歯も歯周病も症状に気が付いたころに歯科医院を来院しても、すでに抜歯しなければならない状態に陥っているケースも多々あります。
定期的な検診で、リスクの診断、お口の中の現状、リスクへの対処を知らなければお口の疾患を予防することはできません。
コロナ禍において歯科医院の受診をやめてしまい、最近になって「歯茎に違和感がある」とのことで当院にいらっしゃった患者さんの例を紹介します。
歯周病の精密な検査を行った結果、歯周病が進行状態であることが判明しました。歯と歯茎の間にある歯周ポケットの深さと出血の有無を調べる検査があり、正常なポケットの深さは3ミリ以下で、出血のある部分では現在歯周病による炎症が著しいという指標でみているのですが、初診時では、歯茎の腫れがみられ歯周ポケットも深く、出血もありました。
この状態がお口の中全体でみられました。残念ながら抜歯となってしまった歯も1本ありました。約2カ月に渡って、歯石の除去、オーラルケアアイテムの見直しと歯磨きの改善を行った結果、歯茎の状態は改善しました。
歯科検診の受診率は男性で特に30代で著しく低下します。30〜34歳男性では31.9%、35〜39歳男性では36.7%しか歯科検診を受けていません。多忙な生活が影響してのことと思われますが、一度健康バランスを崩してしまうとドミノ倒しのように悪化していくのが口腔内です。定期的な受診を心がけましょう。
◆生活習慣の改善は口腔の健康でも重要な鍵
生活習慣の影響は全身だけでなく口腔にも影響を及ぼすことが伝わったのではないでしょうか。口腔の疾患は都度治療を行えば改善していくものではありません。治療の繰り返しが結果的に歯の喪失を招き、口腔の疾患から全身の疾患へと悪影響を及ぼしていきます。30代から自身の生涯の健康に黄色信号を出さないためにもしっかりと生活を見直してみましょう。
<文/野尻真里>
【野尻真里】
一般診療と訪問診療を行いながら、予防歯科の啓発・普及に取り組んでいる歯科医師です。「一生涯、生まれ持った自分の歯で健康にかつ笑顔で暮らせる社会の実現」を目標にメディアで発信をしています。X(旧Twitter):@nojirimari