ハラスメントに対する認識が高まっている。きっかけは厚生労働省が全ての企業に対して、ハラスメント相談窓口の設置を義務づけたことだ。大企業は2020年6月1日から、中小企業は2022年4月1日からの設置が求められている。
だが実際はハラスメントが生じても声を上げにくい環境が企業にある。そこで、神奈川県の民間企業・日本公益通報サービスは、ハラスメント(パワハラ・セクハラ)の相談窓口、循環取引などの内部通報窓口を代行する外部相談窓口サービスを2023年3月から開始した。
◆月15件のパワハラ・セクハラ相談が
代行の仕組みは、契約している企業の社員(通報者)から電話で相談を受ける。心理カウンセラーの資格を持つ相談員は相談内容を整理して、企業のコンプライアンス担当者に報告をする。報告を受けた担当者が事実確認の調査を行い、調査が完了すると日本公益通報サービスに結果報告をする。それを通報者に伝えるという流れだ。
通報者が直接企業のコンプライアンス担当者とやり取りをすることがないため、通報しやすいというメリットがある。
相談窓口には月に14~15件のパワハラ・モラハラ・セクハラ・いじめなどの相談が寄せられている。場合によっては弁護士にフィードバックすることもあるという。働く世代にとって関心が高いハラスメント問題の主な事例を挙げてもらった(以下、同社への取材をもとに構成)。
◆事例1:50代支店長代理の日常的なパワハラ
2023年7月のことだった。ある不動産会社の30代事務職の女性から「私は直接被害を受けていませんが、同じ部署内で起こっているパワハラに耐え切れません」という通報があった。従業員300人ほどの規模の企業で、50代の支店長代理のパワハラは副部長や課長など役職を含めてほとんどの営業スタッフの及ぶという。
「特に20代の若い男性社員に対してエスカレートしています。大声で怒鳴ったり、机を蹴ったり、下ネタを言って反応を楽しんだり、ヒドい場合は『殺すぞ』と脅すんです」
特に耐えられないのは、若い男性社員の耳元にライターを近づけて脅し、相手の反応を面白がっているのだという。
不動産会社のコンプライアンス部が早速、調査に乗り出すと、実際にパワハラが行われていたと判明した。そこで企業側は加害者である支店長代理を指導したが、改善されず、2度目の通報があった。加害者はヒラ社員に降格されて本社に異動となり、常に監視されるようなポジションにいるのだという。
◆会社に貢献した人には対応が甘い?
パワハラが改善されなければ、降格されるという危機感が加害者になかったのだろうか。日本公益通報サービスの三谷剛史取締役は「自分のイライラをぶつける唯一のことがパワハラだったのでしょう。改善されなかったのは、快楽を感じていたと思われます。一種の麻薬のようなものですね」と原因を推測し、さらに企業側にも問題があると指摘する。
「懲戒解雇レベルのパワハラですが、会社側は2度も許しています。支店長代理まで出世した人ですから、おそらく営業成績が良く、会社に貢献してきたため、どこか対応が甘くなっていたのかもしれません」
ハラスメント問題は加賀者だけでなく、企業側の認識も問われているのだ。
◆事例2:セクハラ加害者と同フロアで働く女性の悩み
通報したのは賃貸保証会社に勤務の30代女性。別の部署だが同じフロアの30代男性のハラスメントだった。
「仕切りがあるものの、向かい合うような位置に座っている男性から、視線を感じるようになりました。目が合ったので目線をそらしたのですが、その後も視線を感じるたびに業務に集中できなくなったんです。社員食堂で私が1人でランチを食べていると、目の前の空いている席に男性が座って、一言も言わずに食べ続けるんです。空いている席はたくさんあるのに、なぜわざわざ私の前に座るのでしょう。気持ちが悪くて仕方がないです」(通報者)
女性は手の震えなど体の不調を訴え、メンタルがしんどいとクリニックに通院しているという。
報告を受けた賃貸保証会社のコンプライアンス担当が男性にヒアリングをしたところ、女性が通報した内容と一致する行動を認め、「2年前に一度話をしたときから、女性に好意を持った」と述べた。会社側が改善を求めたので男性は応じた。
◆両者の言い分に食い違いが生じた
ところが9月に再通報があった。その後のことについて前出の三谷氏が次のように語る。
「被害者の女性社員は会社の対応に納得できず、そのため改善できているのかどうかを常に確認しようと、毎日見た回数を記録し、それを会社に提出したいと私たちに再通報をしたのです。一方、男性は『女性を見ていない』と通報内容を否定。両者の言い分に食い違いが生じたのですが、10月に女性の上司が女性と話し合いをしたことで、ようやく問題が解決したそうです」
上司は男性の目線が届かない場所に女性のデスクを移動させた。さらに上司から「部署内の社員が全員で守るから」という言葉に女性はやっと安堵したという。
◆事例3:ハラスメントハラスメントされた50代所長
業務をスムーズに行うために、上司が指導したり、注意したりするなどの行為をハラスメントと指摘し、自分の権利を過剰に主張する「ハラスメントハラスメント(ハラハラ)」が最近では顕著になっているという。
2024年1月、学童教育関連会社のアルバイトに従事する20代前半の女性から、所長(50代男性)から怒鳴られたり、高圧的な態度を取られたりするなどの通報があった。
学童教育関連会社のコンプライアンス部が調査したところ、パワハラの事実はなく、所長は適切な態度で業務を推進していたことがわかった。通報者は所長の対応を大げさに捉えた結果、ハラスメント被害を感じたという。
最近増加しているハラスメントハラスメント。前出の三谷氏は次のように指摘する。
「実際はハラスメントではないのに、ハラスメントと思い込んで、会話を録音する人もいます。また思い込みが過ぎて『今後一切、私に対する指導をやめてください』と、上からの指示を下に伝えることを拒否する人や、逆にハラハラと勘違いしている社員に指導できない管理職の悩みも増えています」
◆3か月に一度ハラスメント研修を行う
ハラハラの増加に企業側はどう対処すべきなのか?
「企業側の防止策として、ハラスメント研修を3か月に一度など定期的に行うことで相談しやすい環境づくりに繋げることがあげられます。また、個人としては、行き違いや誤解が生じても話し合いによって解決できるように日ごろから社員が相互にコミュニケーションを取りやすい環境づくりを図ることが大事です」
ハラスメント問題は相互のコミュニケーションの問題でもある。コミュニケーションを取りやすい社内の環境整備も今後の課題だろう。
<取材・文/夏目かをる>
【夏目かをる】
コラムニスト、作家。2万人のワーキングウーマン取材をもとに恋愛&婚活&結婚をテーマに執筆。難病克服後に医療ライターとしても活動。ブログ「恋するブログ☆~恋、のような気分で♪」