四方を断崖絶壁に囲まれ、日本に数多くある離島の中でも最も上陸が困難とされる「青ヶ島」。そこでの日々の暮らしを伝えるYouTubeチャンネル「青ヶ島ちゃんねる」が人気を博している。
発信者である佐々木加絵さん(40歳)の飾らない語り口と実年齢を疑う美貌も相まって、チャンネル登録者は16.6万人(2024年7月10日現在、以下同)。動画視聴をきっかけに青ヶ島に魅了され、訪れる方も増えたという。
YouTubeチャンネルを始めたきっかけや青ヶ島での暮らしの実情や魅力などを佐々木さんに聞いた。
◆父親が倒れたことが帰島のきっかけ
――東京本土での暮らしも長かったそうですね。青ヶ島に戻られたきっかけは?
佐々木加絵(以下、佐々木):中学校を卒業後に15歳で島を出て、約20年ほど東京本土で暮らしていたのですが、4年ほど前に父親が体調を崩して倒れてしまったんです。ちょうどその頃、母親が民宿「かいゆう丸」を建てている最中で完成間近のタイミングだったこともあり、「手伝おうかな」という感じで島に戻ったんです。その半年後ぐらいには新型コロナウイルスがニュースとかで流れ始めて……。「しばらく島で暮らそうかな」と思って、そのままいる感じですね。
――島の中学校を卒業したら、東京本土に行くのですか?
佐々木:そうですね。自分の親の世代とかもみんなそうです。一旦は島を出て、東京本土で社会のことをある程度勉強して戻ってくるっていう感じですね。やっぱり150人ほどの島で10代~20代を過ごすよりも、一度は外へ出て色々なことを勉強した方が、島へ戻ってきてから生かせることがいろいろあると思うので。
◆島の暮らしは「意外と楽しめた」
――島に居続けたことは、コロナの影響も大きかった?
佐々木:そうですね。民宿の運営が軌道に乗れば、東京本土に戻って以前から携わっていたデザインの仕事に戻ろうかなとか、本土と島の2拠点でフリーランスでやっていくことなんかも考えていましたけど、コロナの影響で外にまったく出られない状況になっちゃったんで……。特に島なので、本土からウイルスを持ち帰ってしまったりすると迷惑をかけちゃうじゃないですか。島からは1年以上は出なかったですね。
――東京本土で約20年暮らした後に島に戻って、生活のギャップは感じませんでしたか?
佐々木:やっぱり向こうでの生活の方が長かったので、島の暮らしは退屈だろうと思っていたのですが、意外にも楽しめたというか。年齢的なこともあるのかもしれませんが、「のんびり暮らすのも悪くないな」と思えたんです。YouTubeも暇だったので始めてみたのですが、意外にも反響があって。
コロナで外出できずに家でYouTubeを見て過ごす方が多かったと思いますし、現実逃避したいがために、田舎の映像を見たいという方も多かったみたいで。始めて間もない頃から反響の多さを感じていました。
◆のんびり島の暮らしをお伝えしているだけ
――(2024年7月10日現在の)チャンネル登録者が16.6万人。すごい反響ですが、戦略的に何かを考えてきたということではなく、シンプルに日常の様子を配信していただけですよね?
佐々木:そうですね。のんびりやっている割にはすごいなと自分でも驚いています(笑)。事件とか何もないですし、「〇〇をやってみた」とか面白い企画を立ててやっているわけでもないので。本当にただのんびり島の暮らしをお伝えしているだけというか、ホームビデオみたいな感じですよね。
――東京から青ヶ島へ行く場合、まずは八丈島まで行き、そこを中継地点として船またはヘリコプターで向かうことになると思いますが、船の場合だと約13時間ほどかかります。しかも欠航する可能性もありますよね?
佐々木:天候不良などで欠航する場合もありますが、7割ぐらいは出ているんじゃないかなと。1年間トータルで7割という感じで、8月とか夏の時期は就航率が100%だったりもするんです。逆に欠航が多いのは1月や2月ですね。ヘリコプターの場合も、霧がかかったりすると降りられなくなることも結構ありますね。梅雨の時期なんかもそうですし。
◆ヘリコプターと船、どちらで来る人が多いのか
――八丈島からヘリコプターだと約20分、船だと約3時間と所要時間が違いますが、やはりヘリコプターを利用する方が多いですか?
佐々木:そうですね。皆さん普段はお仕事をされていると思いますし、「どうしてもこの日に行かなきゃいけない」という方はヘリコプターに乗って、逆にある程度融通がきく方は「明日は天気が良さそうだから、船で行こう」と船を選んだり。青ヶ島に来られるような方は、けっこう離島に行った経験が多かったり、旅慣れしている方が多い印象ですね。
――青ヶ島は、島全体が「二重カルデラ」(高さ250mの断崖で囲まれ、外輪山と内輪山のある二重の火山島)という独特の地形ですが、そのことが旅行者の好奇心をくすぐる?
佐々木:やっぱりインパクトがあるんで。何があるからっていうよりも、「青ヶ島にたどり着いた時点で完結」みたいな感覚なんじゃないですか。たどり着くのが難しいからこそ着いただけで満足、みたいに思ってもらえているのかなと。
◆物々交換で野菜や魚をもらえることも
――青ヶ島には「ひんぎゃ」(“火の際”が語源とされる青ヶ島の言葉)という地熱蒸気が噴き出す穴が多数あり、地熱を利用した窯は自由に利用できるみたいですね。
佐々木:干物でも野菜でも色々な食材を蒸せますし、水蒸気がもくもく出ているので、青ヶ島が火山島であることが実感できると思いますよ。卵を蒸すのがおいしくておすすめです。ゴールデンウィークとか夏休みとかはキャンプで来られる方が多いですね。
――食材を買える場所は?
佐々木:肉や野菜、日用品などが置いてある商店が一軒あるのでそこで買うか、Amazonなどの通販で買います。今はネットで色々なものが買えるのでそんなに困ることはないですね。あと、野菜などを自分で作っている方もいますし、何かを手伝ったりしたら魚をもらえるとか……物々交換じゃないですけどそういうこともあったりします。
◆120世帯の家を“覚えて”配達
――青ヶ島全域が「無番地」ですよね。荷物はどのように届けているのですか?
佐々木:お名前やお顔、家の場所を覚えなきゃいけないっていうのはありますね。でも、そんなに世帯数がないので……120世帯ぐらいじゃないですか。
――佐々木さんは配送のお仕事もされていますしね。そのほかにも民宿のお手伝い、コワーキングスペース「NYAYA」の運営、グラフィックデザインもされていて、尚且つYouTubeも投稿。毎日忙しいですよね?
佐々木:それらの仕事が全部毎日あるわけではないので、それほど忙しくはないですよ。荷物を載せた船が来るのも週に2~3回ですし、YouTubeの投稿も不定期。ほとんどの仕事がポツポツっていう感じでやっていますし、ゆっくりやっている感じですかね。
必ずやらなきゃいけないのは配送だけですし、ほかの仕事は何とでもなるというか調整できるので。配送に関しては船が来るのが昼なので、昼頃から2~3時間ぐらいかけて終わらせます。それ以降は民宿の掃除をしたり、宿泊客の方が多い時は夕食の準備をしたりしていますね。
◆YouTubeにとらわれすぎないように
――暮らしの中でYouTubeの投稿の優先度は高いですか?やはりこれだけのチャンネル登録者がいると、そう考えたりもするのかなと……。
佐々木:そんなこともないですね。なんて言うんだろう…そればっかりになっちゃうと、日常を配信するっていうスタンスとかけ離れてしまうので、あまりYouTubeにとらわれすぎないようにしていますね。日常からかけ離れて、何か企画ものの動画ばかりになってしまうと、「なんか違くない?」って思われちゃうんじゃないですか。
――ちなみに、動画の撮影も編集もご自身でやられているのですか?
佐々木:全部自分でやっています。スマホのアプリでできますし、作業自体は本当に簡単だなって思うのですが、飽きるっていうのが問題ですね(笑)。毎日変わりばえのしない自分の生活を、自分で撮って自分で編集しているんで。見ている方はそれを楽しんでくれていると思うのですが……。まぁでも、私にとっての日常が見ている方にとっての“非日常”っていうところが面白い部分だと思うので。船が接岸するシーンを延々と流す動画もそうそう見られないものだと思いますし。
◆若かったら、できていなかったかも
――佐々木さんの自然体で気取らない雰囲気が、青ヶ島ちゃんねるで映し出される風景にマッチしていますよね。
佐々木:テンション高めでやっていたら続けていけないですし、疲れちゃいますし、そんなに若くもないですし。若かったらわかりませんけど……。
――コミュニケーションは得意? それとも苦手ですか?
佐々木:苦手なタイプではないと思います。でも最近は島に引きこもってるいるので、苦手になってきましたね。東京本土にいる時は誰とでも気兼ねなく話せていましたし、コミュニケーション能力は高い方だと思っていたのですが、島にこもっていると人とあまり話さなくなるので……。家族としか話していないと、他人と話す時に億劫になったりするじゃないですか。たまに知人や友人が島に来てくれたりするのですが、そういう時はちょっと気合を入れないといけない感じですね。
――YouTubeは今ぐらいの年齢で始めたのが結果的に良かったですか? それとも、もう少し若い頃に始めていたかったですか?
佐々木:今だからできるんじゃないですかね。若かったら、もっと人の目とかが気になっていそうですし。今の自分はちょっとやそっとのことはどうでもいいっていうか(笑)。私のチャンネルの視聴者さんは年齢層高めの男性が多くて見守ってくれる方ばかりで嫌な人はいないのですが、たまに動画がバズったりするとチクチクしたコメントをする方がいたりするんです。でも、「なんか別に……」みたいな感じで流せちゃいますから(笑)。若い時だったらもっと気にするんじゃないかなと思いますね。
<取材・文/浜田哲男>
【浜田哲男】
千葉県出身。専修大学を卒業後、広告業界を経て起業。「ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)」の取材をはじめ、複数のスポーツ・エンタメ・ニュース系メディアで連載企画・編集・取材・執筆に携わる。X(旧Twitter):@buhinton