折に触れて思い出す、忘れられない言葉はきっと誰にでもあるはず。では、自らも心の機微を紡ぐ言葉の名手たちの心を震わせた一節とは。発売中の最新号「」では、作家、詩人、エッセイスト……など、6人の言葉の名手に、心に残る書き手とその言葉を教えてもらいました。ここでは、作家・小原晩さんへのインタビューを特別に公開します。
小原晩さんが選んだ、又吉直樹さんの言葉。
又吉直樹 Naoki Matayoshi
1980年大阪府生まれ。芸人、作家。’99年に上京し、2003年に綾部祐二と「ピース」を結成。’15年初の小説「火花」で第153回芥川賞を受賞。ほかに小説『劇場』(新潮文庫)など。『東京百景』は’13年に刊行された初の自伝的エッセイ。
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書くことの根幹にあるはじまりの一冊。
「私が文芸の世界に足を踏み入れるきっかけとなったのが又吉直樹さんの『東京百景』です。この本がなければ、今の自分はいません」と、小原晩さんは語りはじめた。
「中学生のとき、お笑いが好きになって、特にピースのコントが大好きだったんです。放課後はいつも急いで帰って、配信を見たりして。せきしろさんとの共著『カキフライが無いなら来なかった』(幻冬舎)が出たのもその頃だったので、地元の本屋さんをいくつもまわって買ったりしていました。高校を卒業して18歳から美容師として働きだし、東京都心に住みはじめました。毎日忙しく働いて、ピースの活動すら追えなくなっていた頃、又吉さんは小説を書き、芥川賞作家になっていました。しばらくして、私は働いていたお店を辞めて、時間ができた頃に、下北沢のヴィレッジヴァンガードで『又吉直樹の本棚』という、又吉さんの本や、又吉さんの選んだ100冊の本が並んでいる棚に出合い、『東京百景』を買って帰りました。東京での思い出が、その折々の風景に委ねて書かれたエッセイ集には、詩的なものもあるし、コント的なものもあるし、小説的なものもありました。ときには現実と虚構が入り交じるものもあって、でもそれはファンタジーとかフィクションということではなくて、又吉さんが『本当』に見たもの感じたものを書いていると思うんです。例えば街の喫茶店で、おばさんとおじさんが、仲良く横並びで座っているのを見たとき、自分の中で想像がふくらんで、彼らの会話や行方を思い描いたりすることが私にはあります。それは自分にとっての本当なんじゃないか、と私は思います」
その数年後、別の店で続けていた美容師の仕事ができなくなって、ひとり、消えてしまいたいと思うほど落ち込んだ。消えてしまうくらいなら、自分の本当にやりたいことはなんだろう?と考えた24歳のときのことを、小原さん自身が、エッセイ集『これが生活なのかしらん』で書いている。《自分のことばというものを、書きたい》。彼女の胸の奥に引きこもっていた《ホウプ》が答えた。25歳の春、彼女は自費出版で最初の本『ここで唐揚げ弁当を食べないでください』をつくった。
自分の奥底で今まで考えたことのなかった「書きたい」という本心を発見した、その瞬間のことを改めて聞くと、小原さんはこう答えた。「『夢、でっか!』と自分でびっくりしました。でも、そのときは失うものすらなかったから」。背中を押した言葉が『東京百景』「七 山王日枝神社」の中にある。《自我を貫くには恥を棄てる勇気が必要である事。それでも自然体を演じるくらいなら死んだ方がましだという事。結局好きな事をやるしか道は無いという事。つまり何をしようと苦痛が伴うという事》。小原さんは自分のスマホを取り出して、読み上げて言った。「初めての本を作っているとき、この言葉を何度も読み返しては、力をもらいました」
TV番組のロケで、又吉直樹が小原さんの本を手に取った吉祥寺の書店『百年』で。『東京百景』は最初に買ったヨシモトブックスの単行本と、持ち歩いてカバーが取れてしまった角川文庫版、電子書籍でも持っている。
スマホの中には、”貯金”というタイトルをつけた、自分だけのためのメモフォルダがある。そこに、種田山頭火、川上弘美、若林正恭などの本から、心に残ったさまざまな言葉を書き写してきた。『東京百景』からの引用は言うまでもなくたくさん、今も更新し続けている。「全編、面白いです。何度読んでも圧倒されます。お笑い的な面白さはもちろんなんですが、熱くて真剣な眼差しも、怒りも、やるせなさも、さびしさも、又吉さんの言葉になると、『面白く』私の目の前に立ち現れます。面白いという言葉にはいろんな意味がありますから、当たり前かもしれないんですが」。これも、これも、と、書き手としての自分を形づくった言葉を教えてくれた。
最後に指さしたのは、『東京百景』終盤の「九十九 昔のノート」の断章。小原さんの頭の中では、それまで逍遥してきた東京の98の風景から、暗い部屋の小さな机の上に置かれた、書き古されたノートの1 ページを照らす、柔らかい灯りが思い浮かぶそうだ。苦しみの先で「幸福を感受する瞬間」を信じ送る人生に現れる、《得体の知れない化物》への対処法。《街角で待ち伏せして、追ってきた化物を「ばぁ」と驚かせてやるのだ。そして、化物の背後にまわり、こちょこちょと脇をくすぐってやるのだ》
「自分の根幹になっています。私は又吉さんのように書くことはできないけれど、何かを書くときは自分なりに、化物の脇をこちょこちょとくすぐりたいと思っています」
小原晩 Ban Obara作家
1996年東京・八王子生まれ。2022年、自費出版にて『ここで唐揚げ弁当を食べないでください』を刊行。’23年月刊誌『小説すばる』で初の小説を発表。ほかにエッセイ集『これが生活なのかしらん』(大和書房)がある。
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photo : Manami Takahashi text : Azumi Kubota
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